プロローグ②
―山賊の事件があってから5日が経過した。―
草原には5日前の暗雲とした雨が嘘のように気持ちのいい快晴が広がり穏やかな風が草原の草花を揺らしていた。
そんな中、町から町へつなぐ街道を砂煙をあげながら疾走してくる姿がある。
だんだんと近づいてきており次第にその姿が見えてくる。その姿はよく見ると馬に跨った人間が疾走してくる姿であった。
疾走してくる馬が途中で失速してしだいに足を止め、乗っていた人物が馬から降りる。
その人物は肩まで伸びた水色の髪を後ろに一つに纏めたポニーテールにしており、同じく水色の瞳に少し日焼けした健康そうな肌、年は15歳程のまだ幼さの残る顔立ちをした美少女だった。
160cmほどの身長に黒いロングパンツとシャツの上から動きやすいように銀の胸当てと左の肩当てと左小手を装着し、腰には長剣を下げていて冒険者といった容姿をしていた。
少女は馬の首を撫でながら辺りを見回しなにか探しているようだった。
「・・・・・・帰ってくる予定から、もう5日。いくら予定が遅れていても3日以上遅れることはなかったのに。」
と不安の混ざった声で周囲を見る。
「護衛もついていたし、遅れるなら商談先で手紙を送るはずだし、5人とも連絡が途絶えるなんて今までなかった。 やっぱり、あの噂は本当だったの?」
少女は自分のいた町で不安になる噂を聞いた。それはある街の有名な冒険者の一団が職務を放棄して行方をくらました上に街道の商人を襲っている姿を目撃したという情報だった。
それは2週間前から流れ出した噂で少女が5人を見送ったのはその2日前だった。
頭の中によぎる最悪の結末を思い描き、足が震えるのを必死に抑え周囲に視線をよこす。
その時、傍らの馬が何かを見つけたのか少女に嘶き、顔をある方向へ向け少女をそちらに促す。
馬の様子に気づいた少女は馬の見てる街道外れの草原の方に視線をうつすと、遠くの茂みで何か動いているのが目に映る。
少女は腰の長剣を右手で抜き放ち、長剣をいつでも振える体制で静かに茂みの方へ足を向けていく。
500mほど進んで動いていた茂みに顔を覗かせると野犬の群れが何かを捕食している様子だった。 そして野犬が口に咥えている物を見て少女の顔は一気に血の気が失せた。
・・・・・・野犬が口に咥えていたもの、それは人の腕だった。
最悪の想像をしていた直後の光景だった為、少女は我も忘れ野犬の群れへと飛び掛かり、持っていた長剣で切り伏せていく。
食事に夢中になっていた野犬達は突然の襲撃に驚くがすぐさま噛みつきにかかる。しかし、少女の華麗な剣裁きと隙の無い立ち回りにより次々と躱されては逆に切り伏せられていき、野犬達は不利と判断した途端、一斉に敗走していった。
少女は高ぶった気持ちを抑えるために「ハァっ、ハァ」と呼吸が整うまで深呼吸をした。
頭が冷えた少女は野犬たちが捕食していた人を確かめる為、野犬のいた場所へ高ぶりそうな気持ちを抑えながら近づいて行った。
そこには予想したとおり人間の遺体が4体横たわっており、ところどころ捕食して欠損していたがそのうち2人は2週間前に護衛をたのんだ2人組であり、残り2体の遺体は見覚えのある投げナイフが刺さっているところから例の噂の一団と交戦したのだろう。
ここに彼らの遺体があり、残り3人の連絡も無かったところを見るとやはり最悪の結末が当たってしまったのだろうと少女は思った。
今にも泣きだしそうになりながらも、近くに残り3人の商人夫妻と幼い子供の遺体もあるはずだと思い近くの茂みをかき分けていく。
そして50mほど離れた所に商人夫妻の遺体が横たわっていたのを少女は見つけたのだった。
その姿を見た少女は予想していたとはいえ、あまりな状況に泣き崩れ地面に手をつき、ポタポタと水色の瞳から大粒の涙を流した。
― 少女の目の前の商人夫妻の容姿は少女と同じ水色の髪をしており、今は目を瞑っているが瞳の色は同じく水色の瞳 ―
つまり商人夫妻と幼い男の子は少女の両親と弟だったのだ。
少女は危険な商人の家族を守りたい為に、数年前から冒険者の修行をしており、数日前になって冒険者の認定が下りたが、今回の護衛に間に合わなかった。
冒険者の認定が下りた直後にこの惨状を目の辺りにしてしまい、少女はあまりの悲しみと無力感に苛まれていた。
数刻ほどその場に呆然と座りこんでいたが、少女はせめて綺麗なお墓に弔ってあげようとふらつく足で立ち上がり両親に近づいた。
護衛の2人には悪いが馬が一頭しかいない為、馬に両親を乗せ、自分は溺愛していた弟を抱きしめて帰ろうと思った。
まずは両親を馬に乗せようと馬を呼び寄せてきてから、両親に視線を向けて少しおかしい事に気付いた。
両親の姿は人によって切り殺された痕はあるのに、その傷跡以外が綺麗すぎるのである。
別の場所にある護衛と襲撃者の4人の遺体はどれも野犬に食い荒らされたり、この数日の雨、風によって泥だらけのボロボロなのにこの両親の体は一切その汚れや食い荒らされた後がなく、しまいには切り裂かれた時の傷はあるが血痕がまるで綺麗に拭い取られたように無かったのである。
そして今更ながらに弟の遺体がどこにも無いことに気づいた。
一刻ほど周囲の茂みを隈なく探してみたが、弟の体の一部はもちろん血痕さえも見あたらず、弟がいた痕跡がどこにもないのである。
これは明らかにおかしいと思い少女は両親の元へ戻ってきて、何か弟の手掛かりがないか両親を調べてみる。 そして両親のある事に気付いた。
両親の死んでいる体制はまるで何かを覆うようにお互いが腕や体で覆うような体制で横たわっていた。 まるで腕の中にあった何かを守るようにと。
まさか、と思い少女は両親の腕の内側とかを隈なく調べると、袖のひじ部分に極めの細かい柔らかな水色の髪が付着しているのを見つける。
両親や少女のとは質の違う水色の髪は良く知っている弟の髪だった。
それを見た瞬間に少女は直観した。
「リンはきっと生きている!」
っと。
襲撃者には足手纏いになる幼い子供を連れ去るわけわないし、誘拐にしても一介の商人の子供をさらっても両親も殺している時点でそれもしても意味がない。
なら、襲撃者以外の第三者によって何かしらの目的で両親がかばっていた弟を連れ去った可能性が高い。両親の綺麗な遺体の理由は不明だが弟が生きているというのはなぜか確信を持つことができた。
「生きている」という可能性が生まれた瞬間に少女の眼には先ほど呆然としていた時の悲観した色は一切消えていた。
・・・・・・いや、両親が生きていた以前よりも見たことのないほど弟に対する思いが瞳のなかにギラギラと燃え上がっていた。
◆◆◆
場所は変わって、
現在、水色の少女は外壁に守られた街の入口へとやってきていた。傍らにはこの街から出る際に乗ってきた馬を伴い、その馬の背に少女と同じ水色の髪をした夫妻の遺体が乗せられている。
街入口を警備している門番が馬を引き連れて向かってくる少女を見て、なぜ先刻に街を馬で出た少女が馬に乗らず歩いてくるのか眉を顰める。
少女は俯いたまま入口の門番の前まで進み、黙ったまま冒険者の身分証であるギルド証を受け渡す。
門番は受け取ったギルド証を確認し、次に馬の背に背負われた、切り刻まれた痕のある少女と同じ水色の男女の遺体と俯いたままの少女を見て状況を察した。
そして余計な詮索はせずに「通っていいぞ。」っと声をかけ、最後に肩を叩き、「気の毒にな。」と気休めの言葉をかけた。
レンガで造られた大通りの横に商店が立ち並び、買い物で賑わう人々の間を少女と馬が通りすぎると人々の賑わいはピタっと止まり、道行く人々は少女と馬の進路をゆずり、少女と馬の背の人物を見比べ、気の毒そうな視線を向けていく。
2週間前まではこの街で商人としてやっていた水色の夫妻と少女、そして可愛らしい幼い男の子はそれなりに知れており、最近の街道を襲う一団の話は町中に周知されていた為、その水色の少女と馬の背に乗っている見覚えのある夫妻を見れば何があったのか街の人々には一目瞭然であった。
そして大通りを通るたびに静かになる街を歩き続け、そして大通りを突き抜けたさきには周りの住宅や店舗より一回り大きな建物が立っていた。
そして、少女は建物の両開きの扉を開いて中へ入る。
ギィっ
木製の両開きの扉を開くと騒がしい光景が目に映る。
右側を見ると幾つもの掲示板に沢山の依頼書が貼り付けられ、左側をみると、テーブルの席に座った冒険者のグループが情報交換したり、これから受ける依頼の内容の相談について仲間と相談する姿が見られる。
そして正面に視線を向けると五つのカウンターが並びそこでギルドの受付嬢達が冒険者の依頼の受諾、依頼完了の手続き、素材の買取りと忙しなく働いている。
水色の少女が静かにカウンターの方へ行くと受付嬢の1人が少女に気付きカウンターを抜け少女に駆け寄る。
「ティナ! どうだった? 家族は見つかった?」
受付嬢はティナと呼ばれた水色の少女が冒険者を目指した時から担当をしているクレアと言う名でティナより少し背の高い栗色の髪を肩の長さで切りそろえ、藍色のスーツを着ていた17歳程の女性であった。
今回、ティナの家族が戻らないという話を聞いて馬の手配などをして見送っており、そのティナが半日程で戻ってきたので何か進展があったかと思い声を掛けた。
そのティナは何故か顔を俯けており、小さい声で
「うん。・・・・・・・ここじゃ話づらいから。」
と小さい声で言ってきた。クレアはその様子にあまり良くない話だと察し、
「わかった。ギルドマスターも呼んでくるから、応接室で待っていて。」
とティナに声をかけ、カウンターの奥の方の応接室へ誘導した。
応接室でティナが待つ事5分、クレアと共に40歳ほどの大きな体格をした右目に切り傷の痕があるいかつい顔をした男性が入ってきた。
この街のギルドマスターであるグランドである。
「すまんが、今回の件について話をしてくれるか。」
グランドは話の内容が予想しているのか優しくティナに声を掛けた。
ティナは顔をあげグランドの目を見て、草原での6つの遺体があった事とそのうち2つは襲撃者の遺体と残りは2週間前に街を出ていった護衛と両親の遺体であった事を話した。
クレアもその話を聞いてティナとはギルドに初めてきたときから冒険者の担当とプライベートの友人としても親密な間柄だった為、家族がなくなった事はとても悲しく涙が流れそうだったので少しの間目をつぶり、話を聞いていた。
目の潤みも落ち着き、再び目を開けてティナとグランドの方をみて、「あれっ?」と思った。
ティナは確かに両親の死について悲しい表情で話をしているが眼がそれ以上に何か強い眼をしているのだ。
あれは家族の復讐とかの憎悪とかの眼ではなく、なにかもっと別の決意をした眼であった。
それに先ほどの話の中で両親の死は出ているが弟君の話が出ていないのも気になる。
ティナが弟君を溺愛している事は惚気た顔で話を何度も聞いていたし、実際にティナの家に遊びに誘われて行った時は、弟君を後ろから抱き上げて頬ずりをしながら満面の笑みで紹介されたのを覚えており、こちらが若干引く程ティナのブラコンぶりは周知の事実であるのだ。
確かに弟君は可愛い。水色のさらさらした髪と小さな顔、ぷにぷにしてそうな肌にキラキラした無邪気な瞳。 自分も弟君を紹介された時に無邪気な笑顔で
「はじめまして。りんです。」
と可愛らしくお辞儀までした時は興奮して鼻血を吹きそうになった。
・・・・・・・いや、少し鼻血を出してしまって、唇の端から涎もでた。・・・・・・自分もあまりティナの事を引くとは言えないかもしれない。
話が逸れたが、それほどのブラコンなのでティナなら弟君が生きているにしろ死んでいるにしろ必ず話をしているはずだし、死んでいる場合、見ているこちらが辛いほど悲壮な顔をしているはずだった。
「これは弟君になにかあったに違いない。」
とクレアは思い話を終えるまでティナを見つめていた。
話を聞き終えたグランドはため息をだして。
「・・・・・・そうか、つらい話をすまなかった。こちらも新たに得た情報ではほかにもこの2週間の間に2件の襲撃で被害者が出ている事が分かった。
いずれも、この近辺の草原の街道沿いの被害であることから、近くにやつらの本拠地があると思っている。
俺たちはその本拠地が分かりしだい冒険者を募り一斉に狩る事を考えている。
それで、せめてもの無くなった人達の供養になればと思う。」
ティナは勢いよく立ち上がり、テーブルに両手を叩き付け、
「私にもその討伐に参加させてください!」
と言った。
グランドは復讐の想いが強いと判断力が疎かになり危険が増加するので復讐の場合断るつもりでいたが、僅かに復讐の色はあるがそれ以上にティナに別の決意の色があると見ると、
「わかった。敵の本拠地が分かりしだい連絡する。それまでは家族を弔いゆっくり体を休めておけ。」
「はい。有難うございます。」
そしてグランドは応接室を出ていき、ティナは静かに椅子へと座り体の力をゆっくり抜いた。
クレアはティナのテーブルの向かい側に腰をおろしてティナの眼を見て聞いた。
「ねぇ、ティナ。・・・・・・・リン君になにかあったの?」
ティナは眼を少し見開き、そして「うん。」と言って、弟の不可解な状況と連れ去られた可能性が高い事を話した。
「リンがね死んでいる可能性もあるよ。でもね、それ以上に生きている可能性が高い事も事実なの。
だからわたし、今よりずっと強くなって、リンを必ず見つけ出すよ。
そして今度こそ、リンのそばから離れない。」
と言って、微笑んだ。
その笑顔を見てクレアは「なんて、強いんだろう。」と眩しく思い、せめて自分は友人としてティナを少しでも手伝ってあげようと思った。
そしてそれから一週間後、山賊の本拠地と思わしき岩壁の洞窟が発見され50人もの冒険者の討伐部隊が組まれ、一斉討伐に踏み切られた。
その中には勿論、ティナの姿も見られ山賊の本拠地に突入し僅か半刻ほどで山賊たちは皆殺しにされた。
ティナは討伐が完了したあと、本拠地の洞窟内を隈なく調べたが弟の手掛かりとなるものは発見できなかった。
―そして8年の月日が流れる。