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『引っ越し』
「それじゃ、ばいばい」
散り始めの桜の下で、君が告げた。
ほんの赤子だったころから、ずっと一緒に居た君が、別れを告げた。
急に決まった君の引っ越し。仕事の都合で遠い遠い所に行く。
「今まで、すっげー楽しかったよ」
にかっと君は笑うけれど、それと対照に私は泣きそうになってしまう。
どう考えても、会えない距離。ふと出かけた先で偶然、そんなことすらあり得ない距離。
会いたくても、会えない距離。
くるりと背中を向け、トラックへと進んでしまう君。
どうしよう、どうしよう。離れてゆく君に伝えたいことがあるはずなのに、何を言えばいいのか分からない。
ありがとうだとか、さようならだとか、あなたが好きですとか、言いたいのに言えない。
行かないで、なんて無責任なことを言えたらどんなに良いか。
君はどんどんと離れてゆく。
私は焦って声をかける。
「ねぇっ……!」
私の声にくるりと振り返る君。
「なに?」
「…………ううん、なんでもない」
秘めた気持ちは、二度と届かない。