16/31
『蝉』
我輩は蝉である。名乗るほどの虫ではない。
今この日も変わらず暑く蒸しており、我が同族の必死の声が響き渡っている。
我輩も、地表へと這い出、幼き姿を脱ぎ捨て成体になってから既に七日。
この身も老い、もはや鳴くことすらままならぬ。
「せみしゃん、なにしてぅの?」
ふと、声がした。
見上げれば人間の、およそ産まれて少しというほどの雄が我輩を見下ろしていた。
「……なんで、せみしゃんはみんみんいわないの?」
我輩はもう疲れたのだよ。後は徐々に朽ちるのみだ。
「せみしゃん、げんきないぉ」
何を思ったか、人間は我輩を手に取る。壊れぬように優しく掴み取る。
「げんきないのぁ、ねんねするといいよ」
まるで人間が子をあやすときのように、この赤子は我輩を撫で始めた。
生き物の持つ温かみが伝わる。
「いーこ、いーこ」
不思議と嫌ではなかった。
我輩は、少しばかりのお返しとして、じじっと僅かに鳴いた。