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傾国のはさみ様  作者: 徳田武威
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第一章 華咲美様は女神様1

「見て……華咲美様よ」

「本当! …………はぁ……今日も美しいわ」

 ざわざわと廊下がざわめいた。私はその廊下の真ん中を颯爽と歩く。

 私が傍を通り過ぎる度に女子から溜息が、男子から歓声が上がる。まるで芸能人か王族でも通ったかの様な異常な光景。しかし、それは私にとっては別に異常でも何でもない。

 だってそれは幼い頃から私に付いて回った物だから。私、金城華咲美は万人から祝福されて生きてきた。

 それはひとえに私の美しさ故の宿命とも言える物だ。私は生まれた時から美しさの結晶とも言える存在だった。

 ちょっとした美人とか可愛いいとかそんな次元の話では無い。

 私の美しさは人を平伏させる物だ。一流の芸術品に人が無意識に心を奪われてしまう様に、人々は私に心酔せずには居られない。そこに嫉妬だとかそんな物が入る余地は無いのだ。それすらも思い起こせないほど、私の美しさは次元が違った。

 一目私を見た者は抵抗する気を失い。ただただ私の元に下る。そういったヒエラルキーの頂点。いや、それすらも超越した存在が私なのだ。

 だから私の為に道を開けるというこの行為自体。極々自然な事だった。

 そんな無人の野を私が悠然と歩いていた時だった。

「う~ん。駄目だ。全然面白さが分からん」

 ドンっと私の肩に軽い衝撃が走った。無人のはずの道に現れた違和感に、私は驚き転んでしまう。

「あ、ご、ごめんなさい。余所見していて」

 すると恐らく私にぶつかったであろう男が慌てた様に手を差し伸べて来た。ペコペコと下げる頭は自分の非を完全に認めているのだろう。

 私はスッとその手を取った。そして立ち上がると正面からその男を見る。

 男は……何と言うか……無個性な顔をしていた。特別不細工では無いが、特別格好が良いわけでも無い。恐らく人に顔を覚えられるのが苦手だろうと思わせる様な、そんな平凡な顔。

 しかし、持っている本が少し特徴的だった。

「トマスピンチョン……珍しい物を読んでいるのね」

 普通の高校生がおよそ読まない小説を男は右手に持っていた。恐らく歩きながら読んでいたから私に気付かなかったのだろう。

「あ、これ……はは、今、読んでるんだけど俺には少し難しいよ」

 困った様に男は苦笑する。

 ん……この男。

 私はそこで違和感に気付いた。何だろう、この男、何処か変だ。

 私はむう……と男をジロジロと観察した。すると男は居所が悪そうに体をもぞもぞと動かす。

「あ、あの……じゃあ俺はこれで――」

 そう言って、男がその場から立ち去ろうとした時だった。

「きゃぁああああああああああああああああ! 華咲美様!」

「大丈夫ですか! 華咲美様」

 甲高い声と共に、私を遠巻きに見ていた女子が、私達の元に殺到した。

「ええ、大丈夫よ」

 本当に何とも無かったので、私はコクンと頷いた。私の無事を確認すると女子達がほっと一つ溜息を吐く。

「本当に良かったわ」

「ええ、華咲美様の美しい体に傷が付いたら大事件でしたわ」

 まるで国宝級の芸術品が割れなかった事を喜んでいる様なそんな安堵の表情を女子達は見せる。だが、その表情は直ぐに一変した。

「ちょっと! アンタ何やってんのよ!」

「華咲美様にぶつかるなんて何を考えてるの!」

 私に見せていた顔が慈愛に満ち溢れた仏の様な物だとするならば、男に喰らいつく女子達の表情はまるで般若の様だった。その圧力に押されて男が後ずさる。

「え、いや……ご、ごめんなさい。よそ見していて」

「ごめんで済んだら警察は……ハイ!」

 女子の一人がまるでヤンキーの様に男に絡んだ。まるで百面相だわ。

「い、いらないです……」

 男は泣きそうな表情で手を前に出して答えた。それを聞いても女子達は気が済まないのか、男に対して罵声を浴びせかけ続ける。

「おいおい。何だあれ?」

「はは滅茶苦茶キレてんじゃん」

 そんな事をしていると、騒ぎを聞きつけた生徒達が集まって来て廊下は騒然となった。

「もう良いわ」

 だがそんな騒然とした空気も私が一言発するとピタリと止まる。

「は、華咲美様……」

 すると今まで男を糾弾していた。女子が緊張した様にこちらを振り返った。まるで好きなアーティストに声をかけられたファンの様だ。

「私に怪我は無いし、私も不注意だったわ。彼も謝罪してくれた。だからそれ以上責めるのはおよしなさい」

 私にそう言われると女子達は明らかに怯えた様にたじろいだ。それはそうだろう。彼女らにとって私は神の様な存在なのだから。

「も、申し訳ありません……華咲美様。で、出すぎた真似を……」

 一番男を責めていたショートカットの女子が土下座でもしそうな勢いで頭を下げた。その目には涙が薄らと浮かんでいる。

 だから私はその頭をそっと撫でた。すると痙攣した様に女子がこちらを見上げる。

「心配してくれてありがとう。嬉しいわ」

 あんまり嬉しいとは思っていなかったけど、まあこれが普通の金城華咲美らしい反応だろう。私はそっと微笑んでそう言った。

「はぅ……」

 すると女子は恍惚の表情を浮かべて、そのまま他の女子の胸に倒れ込んだ。完全に意識を失っていた。

「保健室に連れて行ってあげなさい」

 私は他の女子にそう言うと颯爽とその場を立ち去った。もうこの場に全く興味が無かったから。

「はあ……何てお優しい、華咲美様」

「女神だわ……美しい」

 背後からそんな声が聞こえて来る。普通の言葉を発しても私が言うと神々しい物になるらしい。良く知らないけど。

 しかし、あの男……。

 今、私の興味はただ男から感じた違和感の正体、それに尽きる。

 私は珍しく考え事をしながら教室に入った。するとサッと教室中の視線が私に向く。

「おはようございます華咲美様!」

「ええおはよう」

 私は適当に挨拶をして教室の窓際、一番後ろの席に着席した。一年の頃からこの席が私の特等席だ。席替えも関係なく、目立ちすぎる私は教師公認でこの席を得ている。

 私はホームルームが始まるまでぼ~と外を眺めていた。皆気を使ってか私に話しかけたりはしない。しかし、それを寂しいとも思わなかった。何故ならそれはとても当たり前の事だから。

『キーンコーンカーンコーン……』

 教室チャイムが鳴った。それからしばらくして教師が入ってくる。名前は……忘れた。

「日直ホームルームを始めて」

 眼鏡を押し上げて教師が淡々とそう言った。それと共にいつもの流れが始まる。

「……よし、じゃあ今日の出席は……あれ? 永井はどうした?」

 教師がバインダーを覗きながらそう言った。すると教室中の視線が後ろに集中する。

 視線の先は私の隣、空席になっている席がある。確かここにはいつも男子が座っていた。名前も顔も覚えていないが。

「あ~さっき政経の田中先生に資料を取りに行くように言われてました」

 すると教室の一角でそんな声が上がった。教師はそれに小さく頷く。

「そうか……田中先生さっき職員室に居たから完全に忘れられてるな。まあ、いいだろう。特に連絡事項は無し。日直挨拶を――」

『ガラガラガラ!』

 その時教室のドアが勢い良く開いた。そして……大量の資料を両脇に抱えた男が教室に入ってきた。


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