プロローグ ハッピーエンド
「永井、あ、貴方と付き合ってあげてもいいわよ」
放課後の教室。誰も居なくなった教室で私は彼にそう言った。
教室の窓は開いていて優しい風がカーテンを揺らす。そして真っ赤な夕焼けは教室を暖かい色合いに染め。学校にしかない空間を作り出していた。
そう。絶好の告白スポットで、私、金城華咲美は告白したのだ。
「あ、う……うん」
私に告白された彼……永井龍見は驚いた様に口を開いた。しかし、未だに現状を掴めていないのか。困った様にぽりぽりと鼻をかいた。
恐らく……彼が戸惑っている原因はこうだろう。まさか、ま・さ・か、自分がこの私、金城華咲美に告白される日が来るなんて思ってもみなかったのだろう。だからこれが現実かどうか疑っている。そう私は確信した。
「どうかしら? 私は本気なのだけど」
だから私は助け舟を出すようにそう言った。
「あ、そ、そうだね……」
するとようやく我に返ったのか、永井は私と目を合わせた。それだけで、私は自分の心拍数が上がるのを感じた。
どうしてこんにこいつを見るとドキドキするんだろう……。
はっきり言って永井は格好良くは無い。全体的にのぼ~とした特徴の無い顔は最初は全く私の視界に入っていなかったし、特別何か優れた才能があるわけでは無い。
そんな私とは全く釣り合わない男が今、私の脳裏から離れない。四六時中この男の事を考えている。これは世間で言う所の恋に違いないだろう。
そして……私の初恋。
私は熱の籠もった目で永井を見た。結果は分かっている。だけど、本人の口からちゃんと言って欲しい。
「答えを……聞かせて貰えるかしら?」
私はそう言った。すると私の本気を感じたのか、永井も顔を凛々しく引き締めた。
「…………金城さん」
名前を呼ばれるだけで、僅かに胸が弾む。ああ、私は緊張している。結果が分かっていても緊張はするものなのね……。
私は息を呑んで答えを待った。
「……ごめんなさい」
そう言って、永井は私に向かって頭を下げた。
そう頭を下げたくもなるわよね。なんて言っても私と付き合えるんだもの。それは世界中のどんな大富豪でも、権力者でも、有名人でも、不可能な事だからね。
それにしても告白の言葉がごめんなさいっていうのは、ちょっと謙虚過ぎるわよ。
「いいわ。付き合ってあげる」
だから私は胸を逸らして堂々とそう言った。ふふん。嫌だわ。私今、人生で一番嬉しいかも知れない。
「え、ええ? いや。だからごめんなさいだって」
「ごめんなさい付き合ってくださいって意味でしょ?」
「何そのポジティブさ! あ、いや……違うよ……お、お断りしますって意味です」
私はゆっくり永井の言葉を租借する。ごめんなさい……お断りします……それの意味する所は……。
「………………嘘」
私は自分でも経験がした事が無いほど体が硬直した。まるでブリキの玩具の様にギコギコと永井を見る。
そんな私を永井は気まずそうに見ていた。
それを見て私は確信した。ああそうだ。この光景、何処かで見た事があるかと思ったが、いつも私が見て来た物だ。私に振られて肩を落とす男。私はそんな光景を腐るほど見て来た。
しかし、今回は逆の立場になっていたが。
「り、理由を……聞かせて頂戴。私の何がいけないかしら?」
正直、永井の返答に私は全く納得出来なかった。驕りも無く圧倒的な事実として言えるが、私以上の女は居ないと断言できる。
私がその気になれば傾国の美女の様に、文字通り国一つくらいは滅亡させる事が出来るだろう。
そんな女を永井は振ろうというのだ。理由くらいは聞いてしかるべきだろう。
私の問いに永井は困った様に顎に手を当てた。そしてしばらくすると照れた様にそっと笑う。
「俺、もう好きな人が居るんだ」
キラキラとした目で永井が答える。その目は全く私を映していなかった。ただ自分の好きな人を思い浮かべている様だった。
「それは……誰? 私よりも、私よりも可愛いの? 綺麗なの?」
こんな経験は初めて事で、私は激しく動揺していた。だから何故自分がこんな目に合っているのか分からず、その原因を知らなければ収まりが付かなかった。
「私よりも可愛い子が居るわけが無いんだから! 貴方は私と付き合えば良いのよ!」
私が癇癪を起こした子供の様にそう叫ぶと、永井は不快そうに顔を顰めた。
「……俺が好きな人は金城さんよりも可愛いよ」
私よりも可愛い。それは私の存在を根幹から揺るがす言葉だ。そして、永井が次に言った言葉はそれを更に上回る衝撃を私に与えた。
「それに俺、金城さんの事、あんまりタイプじゃないから」
タ・イ・プ・じゃ・な・い。
ナイフを胸に突き刺された様に私は体を震わせた。私がタイプでは無いという事は永井は私の美しさを否定したという事だ。自分が初めて好きになった男から言われたその言葉は私の頭を真っ白にした。
「帰って頂戴……」
私は震える声でそう言った。その声に永井が軽く体を震わせる。
「あ、いや、さっきのは言葉の綾で……」
恐らくはフォローのつもりなのだろう。だが最早、永井が何を言っても恐らくは私を傷付ける事にしかならないだろう。
「帰って頂戴!」
だから私はもう一度強くそう言った。すると永井は申し訳無さそうに顔を歪めると、ノロノロと鞄を手に取った。
「ごめん……」
そう言って、永井は俯きながら教室を去って行った。
私は永井の気配が教室から去ったのを感じると……そのまま床に座り込んだ。体が震えていて正直立っているのがやっとだったから。
「嘘よ……」
夢なら覚めて欲しい。これが現実だとは到底思えないから。
ポタポタと涙が自然と溢れて来た。まさか自分の人生でこんな風に涙を流すなんて、今この瞬間まで思っていなかった。
教室に一人取り残されて惨めに涙を流す。
これが私の初恋……の破れた瞬間だった。