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【第五話 愚者―fool―】

挿絵(By みてみん)



 アメリカ合衆国の東側に位置し、五大湖の一つエリー湖の南岸に広がるオハイオ州。

 北西はミシガン州と隣接しており、十九世紀には互いの境界線を巡り、激しい政争が行われていた。

 トレド戦争と呼ばれる領域問題の舞台となったその地、トレド市も今となっては、普通の工業都市として栄えている。

 だが、栄え住む人が増えれば、その肉をしゃぶり腹を満たそうと、飢えた獣も寄ってくるのがこの世の定め。

 そんな獣達の一団が、街外れの倉庫に集まっていた。

「遅いぞ、五分の遅刻だ」

「申し訳ない、車が途中でパンクしてしまいまして」

 先に来て倉庫の中で待っていた五人の元に、遅れて二人が合流する。

 男達は皆、スーツをビシッと着込んでおり、ここがビルの中であれば、普通のサラリーマンと言われても違和感はなかったかもしれない。

 といっても、全身から滲み出る隠しようもない捕食者の臭いが、堅気ではない事を嫌というほど主張していたが。

「確認して頂けるかな」

 遅れてきた方の一人が、持ってきたケースを開いて、待っていた男達に見せる。

 中に入っていたのは、ビニールの小袋に分けられた白い粉。

 それは小麦よりも簡単に育ち、パンのように消費されながら、砂金の如く高値で売れる悪魔の嗜好品。

「混ざり物はないな、いいだろう」

 待っていた男の方は、小袋を一つ空けて中身を確認すると、後ろの部下に合図を送る。

 すると、部下は白い粉の入ったケースを受け取り、代わりに同サイズのケースを手渡す。

 その中には、百ドル札の束がギッシリと詰まっていた。

「こちらも本物のようですな」

「取引で偽札を使うほど、呆けた覚えはないさ」

 商談が無事に成立し、男達は笑みを交わす。

 その商材が麻薬という、人を破滅に追いやる薬だなどとは、欠片も窺えないほど朗らかに。

「それにしても、前回の取引からこれほど早く追加を要求されるとは……やはり、あの件が尾を引いておられるので?」

「あぁ、貴重な資金源の一つを潰されたからな、暫くはコカインの方に専念――」

 談笑を交わしていた男の口が、不意に閉ざされる。

 倉庫の中に、いつの間にか見知らぬ青年が立っていたからだ。

 歳は二十歳くらいと若く、ジョギングでもしていたのか、ジャージにスポーツシューズという軽装だった。

 そちらの連れかと、男は念のため取引相手を窺うが、首を横に振る否定が返ってくるのみ。

「可哀想な坊やだ」

 男が眉一つ動かさずそう言い、手を振ったのを合図に、四人の部下が懐の拳銃を抜き、青年に向けて発砲した。

 パンパンパンパンパン。

 十数発の弾丸が、麻薬の取引現場を目撃した、哀れな青年に突き刺さる。

 だが、死体の処理が面倒だなと、愚痴しか浮かばなかった男達の目は、驚愕で見開かれる事となった。

「何だ……!?」

 人を三回は殺せるほどの銃弾を浴びたのに、青年は倒れるどころか、血の一滴すら流していなかったのだ。

 防弾ジャケットを着ていたのか?

 そんな予想は、穴の空いたジャージから覗く、割れた腹筋が否定していた。

 青年は間違いなく生身。なのに、銃弾を受けても無傷という矛盾。

 だがその矛盾は、彼が『常識』の存在であったらの話。

「う、撃てっ!」

 悲鳴混じりの命令に従い、部下が再び引き金を引こうとした時には、目の前から青年の姿が消えていた。

 一瞬で彼らの背後に現れた青年は、カンフー使いのような雄叫びを上げ、連続で回し蹴りを見舞う。

 それをくらった四人の部下は、トラックにでも轢かれたような勢いで吹き飛ばされ、倉庫の壁にぶつかり崩れ落ちた。

「バカな……」

 唖然とする男の前で、逃げ出そうとした取引相手も、疾風の如き速さで青年に蹴られ、あっさりと昏倒する。

 その人間にあるまじき力が、いったいどんなモノであるか、噂だけだが知っていた男は、無駄と知りながらも拳銃を抜いて叫ぶ。

「魔術師が、何故我々を襲うっ!」

 その問いに、魔の力を操る青年は、怒りを込めて答える。

「悪党を殴るのに、理由なんて必要か?」

「ふざけ――」

 男が罵声を返すよりも早く、青年の拳が彼の顎を打ち砕いていた。


             ◇


 アイオワ州で不可解な事件が起きたと聞き、調査に向かってみたものの、一般人の犯人があっさりと捕まり、肩透かしをくらった牧師風の男――ジョン・ルーザーが今何をしているかといえば、客船に乗って呑気にクルージングをしていた。

 世界的に有名な少年の冒険譚、『トム・ソーヤの冒険』の舞台となったミシシッピ川を、古めかしい蒸気船に乗って巡る遊覧航行。

 まだ肌寒い三月とはいえ、そこそこ観光客が集まっている、この人気アトラクションにジェイが参加したのは、別にトム・ソーヤのファンだからではない。

 彼の横で、流れていく景色を静かに見詰める少女――エル・イリム・ワンのためだった。

「…………」

 無言で手すりを握り、冷たい風に身動ぎ一つせず、甲板に立ち続ける修道服の少女。

 ジェイにとっては変わり映えのない詰まらない景色も、全ての記憶を消された彼女にとっては、新鮮な輝きに満ちているのだろう。

 それが心の支えとなるか、より人間の闇を際だたせるだけに終わるのか、それは誰にも分からない。

 ただ、仕事がない時くらいは、死体や犯罪者以外を見せてやろうと思ったのだ。

 少女が世界を知り、己を確立し、自分の持つ力の巨大さを理解した時、どんな結論を出そうとも納得出来るように。

 そして、後悔せず引き金を引けるように。

「っと、電話か」

 ポケットから電子音が響いてきて、ジェイはイリムの側を離れ、携帯電話を耳に当てた。

 そこから響いてきたのは、何時聞いても腹立たしい少年のような声。

『ハロー、デートは上手くいってるかい?』

「偵察衛星でも使って監視してるのか?」

 何故、イリムを連れて遊覧中なのを知っているのか。

 デート云々に突っ込むと、余計におちょくられるだけと悟ったジェイは、上司であり(ブラック)(・アーテ)(ィスト)のジル・アドキンスにそう問い返す。

 すると、電話口からはむしろ驚いた声が響いてきた。

『えっ、本当にデートしてたの?』

「仕事がフイになって暇潰しにクルーズするのを、デートと言うならそうだろうな」

『あぁ、そういう事ねぇ』

 ジェイの意図を理解した童顔の魔術師は、納得して頷く。

 全てを消された少女に、世界を見せてあげたいと決めたのは、そもそも彼なのだから。

『でも、こんな寒い時期に外で観光なんて、引き籠もりの僕には理解できないねぇ』

「ホテルに籠もってると、あいつはテレビばっかり見て、一々こっちに質問してきてうるさいんだよ」

 一緒に旅をするようになってから、もう半年近く経つというのに、相変わらず物知らずなところのある少女は、他にやる事もないのでテレビを見ては、小首を傾げ尋ねてくるのだ。

 やれ「スパイダーマンは本当に居るのか?」とか「ビームとはどんな魔術だ?」とか。

 世間に対する基礎知識がないので、政治経済のニュース番組や、複雑な恋愛ドラマなどが理解出来ないから、見た目が派手な映画やアニメーションばかり視聴しているせいだろう。

 なまじ、魔術なんてオカルトの世界に居て、悪魔なんて常識外の住人が左腕に同居しているから、虚構と現実の区別が大変なのも分かる。

 だが、真面目な顔で繰り出される馬鹿馬鹿しい質問に、一日中付き合うというのも、割と骨が折れる仕事だ。

 そして、映像の嘘を鵜呑みにされても、後で困るのはジェイなので、訂正役をボイコットする訳にもいかない。

「疑いようのない現実の物を見たり触れさせるか、美味い物でも食わせておくのが、静かになって一番楽なんだよ」

『あははっ、まさに子育てで疲れたパパさんの台詞だね』

「言ってろっ!」

 こちらの苦労も知らず、呑気に笑ってくれる上司様に、ジェイは盛大な舌打ちを鳴らす。

「で、仕事が入ったんだろ、さっさと説明しろ」

『ジャパニーズじゃあるまいし、そんな(ワー)(カー)(ホリ)(ック)に生きなくてもいいんだよ?』

「引き籠もりの魔術師様と違って、こっちは働かないと食っていけないサラリーマンなんでな」

『はいはい、説明するよ』

 嫌味っぽく言い返してやると、童顔の魔術師はようやく本題に入った。

『オハイオ州のトレド市で暴行事件が起きたんだ。七名が重傷を負って、全員が警察病院に送られたんだよ』

「警察病院?」

『うん、コカインの取引をしていたマフィアだったから』

「ははっ、そりゃあ傑作だ」

 ジェイはつい声を出して笑い、直ぐに顔を引き締める。

「で、そのバットマンよろしく悪党を退治した奴が、魔術師なんだな?」

『魔術師ならむしろドクター・ストレンジ――と言っても君は知らないか。ともかく、魔術師っぽい奴だったらしいねぇ』

 七人も居た自分達を素手で蹴散らした青年。

 奴は銃弾を浴びても傷一つ付かなかったと、病院に搬送されたマフィアが漏らしたのだ。

「浴びても無傷? 『逸らした』ではなくか?」

『被害者の証言を信じるならね。ちょっとヤバイ相手かも』

「…………」

 ジルと同様の感想を抱き、ジェイは思わず沈黙する。

 高速で飛翔する銃弾は、その威力に反して意外と軽く、風に流されたり葉っぱに当たったりと、ちょっとした力で容易く逸れる。

 そんな銃弾の弱さを利用し、軌道を逸らして身を守るのが、魔術師の持つ『弾避けの護符』。

 それは魔術だからこそ可能な、繊細かつ迅速な作業だが、必要なエネルギー量だけをいえば大した事はない。

 だが、銃弾を真っ向から受け止めるとなれば、話は大きく違ってくる。

『しかも、凄い速さで動き回り、軽々と人間を吹き飛ばしたんだってさ。肉体強化の魔術かな? 完全に武闘派だよねぇ、怖い怖い』

 天才的な魔術師ではあるが、研究者肌で戦闘に興味のないジルは、嘘臭い震え声を上げた。

 ジェイはそれに突っ込みもせず、静かに宣言する。

「あいつの小手、外すぞ」

 生物や魔術の品でもない限り、あらゆるモノを喰らう悪魔の翼。

 イリムの腕に宿ったそれは、出来るならば使いたくない代物だが、今回の相手は出し惜しみの通じる相手ではなさそうだった。

「拳銃弾で無傷なら、ライフル弾すら通用するか分からん。俺と小手有りのイリムでは無理だ。嫌ならアレク隊長あたりに頼んで、三班くらい投入してくれ」

 出来るなら、居場所を特定して就寝中に奇襲、周囲を封鎖して毒ガスでも撒きたいレベルの相手だろう。

 最大戦力の投入を決意するジェイに、童顔の魔術師も反対はしない。

『戦闘になったらそれも仕方ないさ。でも、出来れば話し合いで解決して貰いたいかな?』

「……いいのか?」

 一瞬戸惑い、意図を確認してきたジェイに、ジルは電話の向こうで大きく頷いた。

『いいよ、死人は出てないし、殴ったのはコカインを売りさばいていたマフィアだしねぇ。警察なんかはむしろ感謝してるかもよ?』

「どうだろうな……」

『とはいえ、魔術師が堂々と暴力を振るっていると、僕等の肩身が狭くなるからねぇ。もう目立つ事はしませんって誓うなら、殺す必要はないさ』

 不法な悪しき魔術師を狩る組織、(ブラック)(・ドッグ)

 その至上目的はあくまで、研究に勤しむ正当魔術師の環境を守る事。

 正義を守る事でも、法の遵守でもない。

 だから、事件を起こさず大人しくしていれば、自分達に属さぬ魔術師が居ようとも気にしないのだ。

『いっそ勧誘してくれてもいいよ、黒犬の隊員なら戦闘には困らないんだしさ』

「そんな戦闘狂タイプか?」

 ジェイの想像通りならば、マフィアを退治した青年は、自分達とは真逆の存在だろう。

 水と油、互いに混じり合わない二組が、武力による衝突を避けられるとは思えないのだが。

『ともかく、トレド市に向かってくれるかい。犯人を誘い出す手段は、あちらさんが用意してくれるそうだから』

「あちらさん?……なるほどな、直ぐに向かう」

 ジェイはそう言って電話を切ったものの、航行中の遊覧船からミシシッピ川にダイブする訳にもいかないので、飽きずに景色を眺める少女の元に戻る。

「どうだ?」

 春先でも青々と茂った針葉樹林、水鳥達が泳ぐ広い川。

 それらに対する少女の感想は、散文的というか幼稚なものだった。

「ゴチャゴチャしたり、キラキラしてるな」

「そうかい」

 可笑しくなって口元を緩めながら、ジェイはイリムの横に並ぶ。

 物知らずな彼女には、環境保護団体やマスメディアに押し付けられた、自然は大切で美しいものだという思い込みはない。

 かといって、危険な獣が徘徊する森や、氾濫して田畑を荒らす川という、原始の時代に刻まれた恐怖もない。

 そんな真っ白さこそが、汚れきった大人には眩しく映り、そして危ういと確信する。

 ジェイは流れていく景色に何の興味もなかったが、暫くの間、少女と同じものを眺め続けた。


             ◇


 オハイオ州のトレド市に着いたジェイ達が、ジルから連絡を受けて向かった先は、とある高級レストランだった。

 きらびやかな店の中は、スーツを着た物騒な顔つきの者達で埋まっており、その中心に派手なネクタイをした四十代ほどの男が悠然と座っていた。

「待っていたよ、ジョン・ルーザー君」

「あんたがトレドを牛耳るマフィアのボス、サイモン・ボガードさんかい?」

 物怖じせずそう言い放ったジェイに、中年の男――サイモンは凄味のある笑みを浮かべて応じる。

「巷ではボガード・ファミリーなどと呼ばれているが、なに、チンピラ共の集まりだよ」

 高級レストランを貸し切っておいて、そんな事を言われても、遠回しな自慢にしか聞こえない。

 そんなサイモンのご機嫌を取る気にもなれず、ジェイは席についてサッサと用件を切り出した。

「あんたの部下を病院送りにした相手、そいつを誘い出す手助けをしてくれるそうだな?」

「あぁ、出来るなら自分達で尻を拭いたいところだが、今回はあんたら黒犬の餌らしいからな」

 裏社会に長いこと居れば、魔術師やそれを狩る者達の噂は、嫌でも耳に入ってくる。

 組織のメンツよりも、魔術師との戦闘で受ける被害を考慮したのか、あっさりとこちらに協力を申し出てきたサイモンに、ジェイは僅かに疑問を抱いたが、それを表に出す事はしない。

「犯人の正体はまだ掴めていないが、うちのファミリーを目の敵にしているのは確からしい。今日も売人の一人が襲われたからな」

 なので、また大きな取引をするという情報を流し、犯人を誘き寄せて叩く。

 そんなサイモンの作戦自体に異論はなかったが、ジェイは一言付け加えておくのを忘れない。

「先に言っておくが、これが抗争の火種になったとしても、俺達は一切手を貸さないぞ」

 魔術師と思われる犯人、それがボガード・ファミリーを潰し、トレド市での闇市場をかっさらおうと狙う、他組織の工作員だった場合の話だ。

 黒犬はあくまで魔術師狩りの猟犬、街の治安も犯罪組織の都合も知った事ではない。

 そう言い切るジェイの前で、ファミリーのボスはまた威圧的な笑みを浮かべる。

「大丈夫だろう、うちはクリーブランドやデトロイトの組織とも仲良くさせて貰っている。戦争にはならないさ」

 近隣の大都市に巣くう同業者とは、上手いこと棲み分けや協力をしている。

 ならば、成り上がりの弱小組織か、私怨による個人的な犯行なのだろう。

 だから問題ないと断言するサイモンの声色に、何か混じり物の臭いを感じたが、ジェイはやはりそれを表に出しはしなかった。

「それなら結構だ」

「では、準備が整ったらまた連絡しよう」

 用は済んだと立ち上がったジェイに、周りに居た部下の一人が歩み寄り、連絡用の携帯電話を差し出す。

 こちらの番号を教えたくなかった彼は、ありがたくそれを受け取り、イリムを連れて犯罪者の巣窟を後する。

 ずっと大人しくしていた修道服の少女が、ようやく口を開いたのは、レンタカーの助手席に座った後だった。

「ジェイ、あそこはレストランなのに、料理を出してくれないのか?」

 テレビと三度の飯くらいしか娯楽を知らぬ少女は、無表情の裏で期待していたのだろうか。

 食いしん坊な連れの発言に軽く吹き出しながら、ジェイは車のアクセルを踏む。

「あんなゴツイ奴らと一緒じゃ、飯が不味くなるからな」

「そうか」

 少し残念そうに項垂れるイリムの頭を撫で、ジェイは安くて美味そうな料理屋を探すべく車を走らせた。


             ◇


 トレド市の東側に広がるエリー湖は、空港や道路が整備された今も昔と変わらず、貴重な内陸の海路として、街に様々な荷を運んでくる。

 そんな港の一角にある倉庫街に、黒塗りの自動車が四台ほど停まっていた。

 人気のない深夜の事である。誰の目にもいかがわしい取引が行われるとしか見えまい。

 事実、車から降りた男達は、麻薬や大金が入っていると思しきケースを手に、巨大な倉庫の中に入っていく。

 その姿を遥か遠く、別の倉庫の上から見下ろす人影があった。

 ジャージにスポーツシューズという、三月にしては寒々しい格好をした青年。

 彼は三階建ての家よりも高い倉庫の上から跳躍し、猫よりも軽く無音で着地した。

 それだけとっても人間技ではない、魔の領域に踏み込んだ者の動きだ。

 だが、青年の顔に自分の力を誇る色はない。

 浮かぶのは、悪に対する怒りのみ。

 風のように速く静かに走り、青年はマフィア達の入った倉庫前に辿り着く。

 不用人にも見張りはおらず、入り口に鍵も掛かっていない。

「…………」

 青年はそれで、これが罠なのだろうと看破する。

 だが、臆す事なく倉庫の中に踏み込んだ。

 何十という敵も、何百という銃弾も、彼の燃える正義を妨げたやしないのだから。

 ただし、所狭しと大きなコンテナが並ぶ倉庫の中で待っていたのは、彼の予想していたような、重火器で武装したマフィア達ではなかった。

 黒い牧師のような格好をした男と、その隣に佇む人形のような美しい顔の少女という、奇妙な二人組。

「悪いな、お前が狙ってたマフィア共なら、先に帰っちまったよ」

 牧師風の男ことジェイは、そう言って現れた青年を歓迎した。

 警察に包囲された時に備えて、取引の場に使われていたこの倉庫には、近くの下水道に通じる逃げ道が用意されていたのだ。

 そのため、外に居た青年に感づかれる事なく、芝居をうったボガード・ファミリーの連中は退散できた訳である。

 だが、青年はそんな事にはまるで興味がなさそうに、幼さの残る少女を見て、瞳に怒りの炎を燃やす。

「子供を盾にするとは、どこまでもゲスな奴らめっ!」

「おい、何か勘違いしてないか?」

 縁もゆかりもない少女でも、見殺しには出来んという顔をする青年を見て、ジェイは呆れて肩を竦める。

「こいつは俺の連れだ、人質でも何でもない。そして、俺はお前と戦いに来た訳じゃない」

「何っ!?」

「もちろん、返答によっては殺させて貰うがな」

 実直そうなこの青年に、下手な賄賂や誤魔化しは無駄と悟り、ジェイはストレートに説明を始めた。

「黒犬という名を知っているか? お前と同じ魔術師達が作った組織だ」

「知らん。俺の師匠は群れるのを嫌う孤高の人だったからな」

「だろうな」

 素直に答える青年を見て、ジェイは少しだけ笑う。

 魔術師かと聞かれて「はい、そうです」と認める馬鹿は、そうお目にかかれないからだ。

「簡単に言うと、悪い魔術師を退治する代わりに、自分達が引き籠もって魔術の研究に没頭するのを、放って置いて下さいって組織だ」

「悪人ではなさそうだな」

「それはどうかな?」

 疑いながらも感心する青年に、ジェイはわざわざ偽悪的な笑みを見せる。

「黒犬――正確に言えば、その雇い主である魔術師達にとって、お前のような騒がしい奴は邪魔なんだよ」

「何だとっ!?」

「聞き忘れていたが、お前は復讐が目的でこんな事を始めたのか?」

 急に話の矛先が変わり、青年は戸惑ったのも束の間、直ぐに真剣な声で答えた。

「復讐なんて虚しい事はしない。ただ、麻薬なんて物を売りさばく悪人が許せなかったっだけだ」

「あぁ、やっぱりそうか」

 予想通りの答えが返ってきて、ジェイは苦い笑みを浮かべる。

 彼とは五歳程度しか違わないのだろうに、この青年はあまりにも強く眩しく、そしてガキだった。

 人嫌いな魔術の師匠と山ごもりでもしていたのか、ある意味で修道服の少女と同じくらい、彼は世間というモノを知らないのだ。

「お前はただ悪人が許せない、正義と平和を守るために戦っている、そういう事だな?」

「そうだ。強い力を持った者は、そう在らねばならない」

 真っ直ぐすぎるその思いが、厳しい修行の果てに人外の力を目覚めさせた。

 それはきっと、美しく尊いモノなのだろう。

 だが、出る杭は打たれるし、眩しい太陽の光も、闇の住人には憎悪の対象でしかない。

「正義の味方をするのはお前の勝手だ。しかしその結果、魔術師が未知の力で暴れる犯罪者だと思われるのは、こちらにとっていい迷惑なんだよ」

「犯罪者とは何だ、俺は悪人を退治しただけだぞ!」

「警察権も持たない一般人が、自衛でもないのに暴力を振るうのは犯罪だって、そんな話からしないと駄目か?」

 青年の子供みたいな言い訳に、ジェイは大げさに肩を竦めた。

「倫理的にも法律的にも、お前が殴り倒したマフィア共は、間違いなく許されない悪人だ。だから今こうして、問答無用で始末したりせず、話し合いで済まそうとしている。けれど、お前の行いが暴行罪である事に変わりはない」

「しかし――」

「しかしもかかしもあるか。犯罪者呼ばわりが耐えられないなら、最初から正義の味方ごっこなんてするな、法律に従って警察官になれ。警察が腐敗していると言うなら、政治家になってシステムを変えてみせろ。そんな事は不可能だ、夢物語だと諦めるなら、正義なんて言葉を口にするな」

 言い訳しようとする青年を、ジェイは静かに叱り付ける。

 その落ち着いた口調に反し、彼は密かに苛立っていた。

 少年の頃に誰もが抱き、そして現実に負けて捨てた尊いものを、こうも容易く口にし、そして実行に移せる力を持った眼前の相手に、嫉妬じみた感情を抱いて。

「だいたい、お前は中途半端なんだよ。本気で悪を憎むというなら、何でマフィア共を殺さなかった?」

「犯罪者にだって家族や恋人は居る、簡単に殺していい筈がない!」

「そうやって見逃した奴らが、何年かすれば檻から出てきて、またコカインをバラ撒いて人を破滅させるのにか? まさか、刑務所に入れれば極悪人が聖人になるなんて思ってないよな?」

「それは……」

「いっそ洗脳魔術でも使って、脳味噌の中身を書き換えてやるか? それは死刑と何の差がある。肉体が生きてれば中身がどう変わろうと傍目には分からない、だから犯罪じゃないと言うとなら、それはご立派な不法魔術師様だ」

 更生という名の洗脳を受ける犯罪者達。

 そんな一般市民にだけ都合の良いデストピアが、理想郷だと言うなら話は別だが。

「やむおえない事情で罪を犯した『罪人』なら、真人間になって世のため人のためになる事もあるだろうさ。だがな、他人を平気で喰いものにする『悪党』は、殴られようが刑務所に入ろうが、その本質は変わらない。殺すしかないんだよ」

 それが、黒犬として犯罪者と向き合い続けた、ジェイの結論。

「殺せよ、元から千人のために一人を殺すのが『社会正義』だろうが。人殺しになりたくないなんて甘えた偽善を抜かすなら、正義の味方なんて目指すな。魔術なんて法律外の力に手を伸ばすな。悪党は殺して少しでも市民の『安全』を守ってやれ」

 例え、この街に居る犯罪組織を潰しても、他の街から犯罪組織が入ってくるだろう。

 合衆国全土から犯罪組織を一掃しても、他国から雪崩れ込んでくるだけ。

 地球に居る全ての悪党を殺し尽くしても、その空いたスペースに、今まで見逃されていた小悪党や新たに生まれた悪党が集まって、いずれ巨悪へと育っていく。

 人類が死滅しない限り、この世から完全に悪が消える事はない。

 だが、少しでも減らして、それによって誰かを救いたいと願うなら。

「殺せ。その覚悟も持てず、中途半端に暴れて方々に迷惑をかけるくらないなら、今この場で死ね」

「……っ」

 極端なその暴論を、真面目な青年は聞き流す事も、反論する事も出来ず、悔しそうに唇を噛む。

 それを見て、ジェイは大人げない真似をした自分に気付き、自嘲の溜息を吐いて話題を変えた。

「お前の正義論はともかく、魔術なんて力を隠しもせずに使えば、混乱を起こす事くらいは分かるだろう? だから、こんな真似は止せ」

「…………」

「どうしても魔術を使たいなら、俺達と同じ黒犬になれ。魔術師限定ではあるが悪党の退治が任務だ。悪い話ではないだろう?」

 正確には、今回のように悪と言い切れぬ者と対峙する事もあるし、情け容赦なく命を奪う非情な仕事だ。

 この甘い青年に、長く勤まるとは思えない。

 だが、世間を知って大人になるには丁度良いだろうと、黒犬への入隊を勧めるジェイに、青年は暫し沈黙した後、絞り出すように問い掛けた。

「……この街に巣くうマフィア共はどうなる?」

「放っておけ、警察の仕事だ」

「今も何処かで、奴らの売りさばいた麻薬で苦しんでいる人が居るのにかっ! それを見捨てるなんて、俺には出来ない!」

 警察は今までも役に立たなかった、これから先もそうは変わらない。

 政治家となって世界を変えようとしても、それまでの何十年という間に、大勢の人が犯罪組織の毒牙にかかってしまうだろう。

 だから、今この時、苦しんでいる者を救おうとするなら、自分が戦うしかないではないか。

 悪党であろうとも殺せない、半端者であろうとも。

 そう訴える青年を、ジェイは間違っていると糾弾はしない。

 ただ、正しいとは認めないし、邪魔となるなら容赦もしなかった。

「そうか、なら俺は仕事をするだけだ」

 説得は無理と諦め、コートの中に隠していた短機関銃を手に取る。

 そして、横で見守っていた少女に声をかけた。

「イリム、やるぞ」

 戦闘開始の合図。だが、返ってきたのは「分かった」という聞き慣れた返事ではなく、重い沈黙だった。

「…………」

 予め許可を与えていたのに、左腕の小手を外そうとすらせず、何かを考え込むように青年を凝視し続ける。

「イリム?」

 どうした――と問おうとした時には、青年の方が動き出していた。

「何と言われようと、俺は自分の正義を貫くっ!」

「ちっ!」

 舌打ちを鳴らし、ジェイは向かってきた青年に銃弾をばら撒く。

 FN・P90、小型で取り回しが容易でありながら、専用の小口径高速弾を使用する事で、防弾素材を撃ち抜く力も持った、一風変わった短機関銃。

 総合的な破壊力はともかく、近距離での貫通力なら突撃小銃にも引けを取らない。

 そんな高速弾を前に、青年が取った行動は、両腕で顔をガードするだけだった。なのに――

「はっ!」

 気合一つで、彼の肉体は銃弾を全て跳ね返した。

 硬気功――東洋の魔術である『気』の効果により、肉体を鋼鉄の如く固くする技。

 西欧のアメリカではまず見ない術式である。

 そして、彼の力は本場の東洋でもそうは居ない、驚異的なレベルに達していた。

「化け物かよ」

 高速弾を三十発以上も浴びたというのに、ジャージが穴だらけになって、皮膚を少し火傷した程度の青年を見て、ジェイは驚愕を通り越して笑いそうになる。

 そんな彼に青年は一足で詰め寄り、短機関銃を蹴り飛ばし、トドメとばかりに正拳突きを見舞う。

 だが、腹をめがけて繰り出された拳は、金属の小手によって阻まれる。

「何っ!?」

「…………」

 修道服を身にまとい、黙ってこちらを窺っていた小柄な少女。

 それが自分の拳を受け止め、吹き飛びもしなかったのを見て、流石の青年も驚いて距離を取った。

「ったく、何をボーと呆けてやがった」

 ジェイは文句を言いつつ、助けられた礼とばかりに、少女の頭を撫でる。

 すると、イリムは彼を見上げ、戸惑うように口を開いた。

「ジェイ、あいつは悪人か?」

「いや、むしろ善い奴だろうさ」

「では、私達が悪いのか?」

「正義と胸を張る自信はないが、仮にも政府から許可を得ている組織だから、悪の秘密結社でもないな」

 率直な問いに、ジェイも嘘や誤魔化しは告げない。

 けれど、それが余計にイリムを混乱させる。

「どちらも悪くないのに、どうして戦うのだ?」

「その謎を解明出来たら、お前にノーベル平和賞をくれてやるよ」

 争いは何時だって、片方の正義と、それと反する正義の間で起こるなんて話は、難しくてまだこの少女には分からないだろう。

 そして、詳しく説明している余裕も今はない。

「そんな子供に何をした、この外道めっ!」

 己と同等の肉体強化を、純粋そうな少女が自分の意志で修めたようには見えない。

 だから、魔術による肉体改造でもしたのだろうと、あながち間違いでもない想像をして、怒りに燃えた青年が再び襲いかかってくる。

「ったく、この単細胞が!」

 ジェイは蹴り飛ばされたP90の替わりに、懐からグロック18 を抜いて撃つ。

 しかし、青年は鳥のような身軽さでコンテナの上を走り回り、銃弾はかすりもしない。

 軽気功――体を軽くし動きを早める、硬気功とは真逆の技だ。

 それでジェイの背後を取った青年は、鋭い蹴りを叩き込む。

 だが再び、少女の小手が攻撃を阻む。

「くっ、退いてくれ、君は騙されているんだ!」

「勝手に人を悪役にするなよ」

 あくまでもイリムとは戦おうとしない青年に、ジェイは弾倉を交換してまた弾丸をばらまく。

 効かない事は分かっていたが、足止めになれば十分だった。

 目論見通り、青年は軽気功から硬気功に切り替え、銃弾を易々と受け止める。

 ジェイはそこへ続けて、腰の手榴弾を投げた。

「イリム!」

 叫び注意を喚起するまでもく、修道服の少女はそれが何か察し、目を閉じ両手で耳を塞ぐ。

 銃弾から顔面を庇うため、両腕を前に上げていた青年は、その動作が見えない。

 だから、特殊な手榴弾――スタン・グレネードが発した閃光はともかく、轟音から鼓膜を守る術はなかった。

「が、あっ……!」

 皮膚や筋肉だけでなく鼓膜まで強化されているのか、常人ならば失神するような爆音を間近で浴びたというのに、青年は膝を屈する事なく立ち続ける。

 だが、激しい耳鳴りと目眩に襲われ、一時的にだが行動不能となっていた。

 そんな千載一遇の好機に、ジェイは追撃を加えるでもなく、イリムを連れて走り出し、少し離れたコンテナの影に身を隠す。

「イリム、何で小手を外さなかった?」

 ジェイはせっかく稼いだ時間を浪費してまで、連れにそう問い掛ける。

 何も責めている訳ではない。

 ただ、今まで戦闘中の命令に背いた事のない彼女が、何を考えて青年に攻撃しなかったのか、それをしっかりと把握しておきたかったのだ。

(少しは自我が芽生えたか?)

 それとも反抗期か――などと考えるジェイの前で、イリムは言葉を探すように考え込みながらも答えた。

「あいつは善い奴なのだろう?」

「そうだな、甘ったるい善人だ」

「けれど、こちらに攻撃してくる。そして強い」

 イリムが出会った中では一番、ジェイの長い経歴でもトップ10に入るほどに、東洋の気功を修めたあの青年は強い。

 とはいえ、悪魔の力を解放したイリムには及ばないだろう。

 勝利自体は揺るがないのだ。問題は――

「左腕を使えば、殺してしまうと思う」

 強者故にこちらも余裕がなく、手加減出来ないという事実。

 それがイリムの手を鈍らせた原因だった。

「翼で拘束出来ないのか?」

「難しい。速いし、振り解かれるかもしれない」

 ジェイの質問に対し、イリムは首を横に振る。

 全てを喰らう青い悪魔の翼。

 近代兵器に対してほぼ無敵といえるそれが、唯一苦手とするのが、青年のような生身の強者だった。

 左腕から解放された光は、無機物ならば何でも喰らい無力化するが、生物には効果が薄い。

 光は高密度のエーテル=魔術の元となるエネルギーであるから、一般人がまともに浴びれば、精神に障害を起こすだろうが、魔術師相手だと抵抗され、致命傷には至らないだろう。

 かといって、一度受肉して質量=重さを得れば、パワーはともかくスピードが落ちる。

 普通の人間や凡百の魔術師ならともかく、青年のような素早い相手を無傷で捕らえるのは、少々無理があった。

 結局、大質量の塊で殴り、鋭い無数の翼で切り裂き、傷付け弱らせてから捕獲するしかなく、その過程で誤って殺してしまう可能性は低くない。

 それが、小手を外さない理由だった。

「ジェイ、お前は私に殺すなと言った。その約束は忘れていない」

「…………」

 愚直なイリムに色違いの瞳で見詰められ、喜ぶべきか呆れるべきか判断に困り、ジェイは黙り込む。

 とはいえ、悩んでいられる時間はない。

 今にも青年が立ち直り、向かってくるだろうから。

「さて、どうしたもんかね」

 短機関銃を失いスタン・グレネードを消費、切り札である悪魔の翼は使えない。

 笑えるほどに状況は悪いが、この程度のピンチなら何度も切り抜けてきたのが黒犬の隊員だ。

「相手がクソ真面目な馬鹿というのが救いか」

 女の裸を見たら鼻血を噴きそうな、チェリーボーイっぽいしな――と冗談を思い浮かべたところで、ある考えが閃く。

「いや、だが、しかし……」

「ジェイ、どうした?」

 こちらの顔を覗き込んでくるイリムを見て、ジェイは小さく溜息を吐く。

 彼の考え付いた馬鹿馬鹿しい作戦は、おそらく成功を収め、最も穏便な形でこの無駄な争いを終わらせるだろう。

「だからってこれはな……」

 気が進まなく、けれど別の案も浮かばず、ジェイは仕方なく口を開いた。

「今から作戦を話す。だが、嫌なら拒否しろ」

「分かった」

 頷き耳を傾けたイリムは、ジェイの予想通りに彼の僅かな期待を裏切って、最後まで首を横に振らなかったのだった。



 スタン・グレネードを受けてから約四分後、青年は轟音によって狂わされた聴覚や平衡感覚を完全に取り戻していた。

「す~、はぁ~」

 深呼吸をして体内の『気』を整え、再生能力を活性化させる。

 そんな芸当で、常人の何倍も早く万全に回復した彼は、コンテナの奥に向かって呼びかけた。

「出て来い、そこに隠れているのは分かっている」

 当然ながら、その声に応じて姿を現すほど、相手は正直者でも馬鹿でもない。

 だが、強化された青年の聴覚は、目で見るのと変わらぬ精度で、隠れる二つの鼓動を完璧に捉えていた。

(男の方はコンテナの後ろ、あの女の子は……回り込むつもりか?)

 常人ならば聞こえないだろう、小さく軽い足音が、彼の背後を取ろうとするように、コンテナの間を動いていた。

(むしろ好都合だ、あの男を先に黙らせる)

 そうすれば、命令されている様子の少女も、大人しく降伏してくれるだろう。

 青年はそう判断し、隠れた男を強襲するべく、コンテナの間を駆け抜けようとしたが、その瞬間、足に小さな抵抗が掛かり、ピンッと何かの抜ける響いた。

「しまっ――」

 足下に張られた糸、その先にあるピンの抜けた金属筒。

 また閃光手榴弾か、今度は破砕手榴弾なのか。

 迷いながらも反射的に一番信頼する技、硬気功による防御態勢を取った青年の前で、金属筒は爆発する。

 だが、そこから飛散したのは金属片でも閃光でも轟音でもなく、真っ白な煙だった。

(目眩ましかっ!)

 無駄な真似をと思い、息を吸い込んだ瞬間、青年は激しく咽せ込んだ。

「げほっ、がは……これはっ!」

 目や鼻に強い痛みが走り、涙とクシャミが止まらない。

 催涙ガス――暴徒鎮圧用の非致死性武器としては、最もポピュラーな物だ。

 小型の手榴弾サイズなので、威力も範囲も大した事はないが、それでも暫くはまともに呼吸が出来なくなる。

 それは図らずも、彼の弱点を突いていた。

(まずいっ!)

 東洋の魔術である気功は、大気に満ちる『気』――西洋魔術師の言う『エーテル』を呼吸で取り込み、力とする技。

 故に、呼吸が乱れればその真価を発揮出来ない。

(一度退いて回復するしかない)

 同じような手を二度も食らったのは癪だが、どちらも挽回可能な小さなミスだ。

 青年は男の元へ駆け寄るのを止め、大人しく後退した。

 だがそこへ、横から人影が飛び出てくる。

(あの子かっ!?)

 呼吸が乱れた所への奇襲、最初からこれが狙いだったのだ。

 青年は何とか少女の攻撃を捌こうと、催涙ガスで痛む目を彼女の方に向ける。

 そして、石像のように固まった。

「えっ……?」

 彼は痛みも痒みも忘れて、目の前の光景に見入る。

 鮮やかな赤い髪、青い右目と緑の左目、厳つい金属の小手。

 そして細い首筋と鎖骨、ほんの僅か膨らんだ胸と、飾り気のないブラジャー。

「何で、裸……」

 正確に言えば下着姿だが、そこは大きな問題ではない。

 修道服を脱ぎ捨て、誰をも虜にする魔性の魅力をまとった少女が、その肌を顕わにしていたのだ。

 小手は外されていなかったから、魅了の力も全開とはいえず、魔術師である青年に効果はあまりなかっただろう。

 ただ、悪魔とは無関係に整った容姿を持つ少女の、発育途上の白い裸身を見せられて、何も感じず冷静でいるには、歳も経験も不足していた。

 青年の視線が可愛らしいおへそから、その下へ向かおうとした時にはもう、少女の右拳が顔面に突き刺さった後だった。

 どんな達人であろうと、気功も解けた棒立ちのところへ、渾身の一撃を受ければひとたまりもない。

 青年は鼻血を撒き散らして昏倒したが、その血は打撃の威力によるものかどうか、イリムが知る由はなかった。


             ◇


「いい加減に目を覚ましたらどうだ、このスケベ野郎」

 そんな罵声で覚醒した青年は、飛び起きようとしたが失敗し、無様に床の上を転がった。

 エビぞりのような状態で、両手足を手錠で繋がれたうえ、少量だが筋弛緩剤を打たれていたので、いくら気功の使い手でも仕方のない話だろう。

 完全に抵抗を封じられた彼の前には、意地悪な笑みを浮かべたジェイと、服を着直したイリムが立っていた。

「くっ、卑怯者め!」

「それはガスの事か、それとも()()の裸か? 後者ならお前もめでたく犯罪者の仲間入りだな」

「おのれ……っ!」

 まるで童顔の魔術師が乗り移ったように、おちょくってくるジェイに対し、青年は悔しそうに歯軋りしたが、質問に対する回答は控えた。

「さて、改めて話し合いの時間だ。もう二度と正義の味方ごっこはしないと誓え、嫌ならこの場で殺す」

 注射器の入ったプラスチックケースを振って見せるジェイに、青年は訝しげな視線を送る。

「何で、見逃そうとする?」

 先程は本気で殺そうと銃を向けてきたのに、今になって守られるか怪しい口約束だけで、自分を逃がそうとするのか。

 その問いに、ジェイは肩を竦めて隣の連れを指差す。

「俺は面倒だから、後腐れなく始末しておきたいんだが、こいつが不満そうなんでな」

「えっ?」

 まるで操り人形のように、感情の窺えない少女が、自分を助けようと言ってくれたのか。

 そうと知り、鼓動が早くなる青年に向けて、イリムは口を開く。

「私は――」

 だがその直後、別の声が倉庫の中に響き渡った。

『ごくろうだったな、ジョン・ルーザー君』

 天上のスピーカーから響くその声は、この場をお膳立てしたマフィアのボス、サイモン・ボガード。

「覗きか、趣味が悪いぜ?」

 事前に監視カメラでも仕掛けて、こちらの戦闘を酒のつまみに眺めていたのか。

 このタイミングで話しかけてきたサイモンが、一体何を企んでいるのか、薄々察してジェイは溜息を吐きながら、懐から連絡用に渡された携帯電話を取り出す。

「用心深いマフィアでも、協力者の事はもう少し信用して欲しいものだな」

 電話が繋がると同時にそう告げると、耳元と頭上から笑うような声が返ってくる。

『だが事実として、君は犯人を見逃そうとしているではないか』

「犯人を殺す、と明言した覚えはないが?」

『殺さねばメンツが立たぬ事くらい、君は知っているだろう?』

「知っているからといって、実行に移す義理もないな」

『…………』

 相変わらず物怖じせぬジェイに、サイモンは怒りを呑み込むように沈黙した後、静かに告げた。

『どちらにせよ、その男には死んで貰う。君達と一緒にな』

「……冥土の土産に、訳を聞かせてくれるかな?」

 やはりそうきたかと、内心は全く動揺せず、だが声は少しだけ震るわせてジェイは問う。

 その演技にすっかり騙され、いい気になったマフィアのボスは、スラスラと口を開いた。

『実を言うと君達、黒犬には恨みがあってな』

「覚えがありすぎて、どれか分からんが?」

『一月にデトロイトの近郊で起きた猟奇殺人事件、その解決に君達が関わっていたそうじゃないか』

「あぁ、あれか……」

 ジュニアハイスクールの教師が、教え子達を洗脳して淫行に耽っていたあの事件。

 黒犬というか、直に自分達が関わった事件を持ち出され、何とも言えぬ顔をするジェイに、サイモンは苦々しい声をぶつける。

『事件自体はどうでもいい。だが、捕まった犯人の証言によって、売春組織が摘発され、大物の顧客も逮捕された。その幾つかは、うちのファミリーの資金源だったのだよ』

 ここトレド市から州境を越えて北上すれば、約六十㎞で犯罪都市デトロイトに到着する。

 わりと近場なそこにも、ボガード・ファミリーは手を伸ばしていたのだ。

「ほー、デトロイトの地元マフィアがよく黙っていたものだ」

『仲良くさせて貰っていると言ったろう? もちろん、いずれは跪かせてやるがな』

 四十歳を越えてまさに野心の盛りという事か、欲深い男にジェイはただ溜息を吐く。

「恨むなとは言わないが、黒犬に喧嘩を売ったらどうなるか、分かっているのか?」

 マフィアも恐ろしい存在ではあるが、それはあくまで常識の範囲。

 魔術師という非常識を抱えた黒犬に歯向かえば、数百人規模の小さな組織など、一夜にして壊滅されるだろう。

 脅しではなく、純然たる事実として警告するジェイに、サイモンは嘲笑で応じた。

『ははっ、分かっているさ。だから君達は、そこの男と相打ちになった、そういう筋書きになる』

 犯人の自爆に巻き込まれて殉職、だからボガード・ファミリーは関係ない。

 それが、黒犬への意趣返しをつつ報復を防ぐ、マフィアのボスが出した策。

「上手くいけばいいがな」

『天国でそう祈ってくれたまえ。ではさようなら』

 スピーカーと携帯電話が途切れるのと同時に、倉庫のいたる所から爆音が響き渡る。

 コンテナの中に隠していたプラスチック爆弾が、次々と破裂していったのだ。

「くそっ……!」

 軽気功で逃げる術も、硬気功で身を守る術も奪われた青年は、迫る爆炎に対して目蓋を閉じる事しか出来なかった。

 柱が砕け天上が崩れ、コンテナの倒れる轟音が響き渡るなか、金属の小手が落ちる音と、透き通った美しい呟きが彼の鼓膜を揺さぶる。

「――(インカネ)(ーション)・スタート」

 目蓋を貫くほど鮮烈な青い光が迸って、死を覚悟していた青年は驚いて目蓋を開ける。

 彼の目に映ったのは、どこまでも美しく、そして現実離れした、まるで幻想のような光景だった。

 少女の左腕から放たれた青い光が、押し潰そうと崩れてくる天上やコンテナを喰らい、一瞬で悪魔の翼に作り替え、それはさらなる瓦礫を吸収して増えながら、彼らの身を守らんと円錐形の盾となる。

 煙や炎まで喰らっているのか、淡く光るシェルターの中は、熱くも息苦しくもない。

 その中心で、感情の窺えない顔で悪魔の制御を続ける少女を、青年はただ呆けた顔を見上げ続けた。

 何時しか爆音も止み、瓦礫も倒れきって静寂が戻った頃、やれやれとばかりにジェイが呟く。

「ったく、お前が居ると雑になって駄目だな。こんな浅い企みに足を突っ込むとは」

 蟻に象は倒せない。人間のどんな小細工も作戦も、悪魔の前には全て無意味。

 弛んでいた自分を叱りつつ、連れの力に感謝と戦慄を覚えるジェイ。

 その横で、青年もようやく声を絞り出す。

「君は……」

 いったい何者なのか。

 イリムはその問いに答えず、先程中断された言葉の続きを紡ぐ。

「私は、難しい事は分からない」

 社会正義、必要悪、そういった概念は、物知らずな彼女にはまだ早かった。

「ジェイの言う通りにした方が、きっと良いのだろう」

 騒動を起こすこの青年は始末した方が、黒犬にとっても魔術を知らぬ世間にとっても、面倒が消えて楽なのだろう。

「でも――」

 そこで一度言葉を切り、少女は口の端をほんの少しだけ上げて告げる。

「私は、苦いコーヒーより、甘いジュースの方が好きなんだ」

 甘い戯れ言の正義を語る青年が、テレビで見たヒーロー達のように好ましく思えたから。

 イリムは始めて、ジェイに自分の意見を告げて、彼の助命を願ったのだ。

「そういう事だ、よかったなロリコン」

「…………」

 微妙に不機嫌そうなジェイに蹴られても、青年は微動だにせず、救ってくれた少女を見上げていた。

 その瞳に、激しい熱が灯るのに気付いて、少女の連れは溜息を吐く。

「イリム、表から出ると見付かるかもしれん、近くに下水道があるから、そこへ繋げてくれ」

「分かった」

 マフィア達も使った抜け道を示唆すると、イリムは一つ頷いて、左腕に繋がった翼の一枚を動かす。

 固く厚いコンクリートも、無機物を喰らう悪魔の翼を前にしては、泥や粘土と大差ない。

 水の流れる音でも感知したのか、翼は下水道に繋がる縦穴を、素早く器用に掘り抜いた。

「ほら、早く行け」

「あ、あぁ……」

 手錠を外された青年は背中を蹴られ、まだ少し筋弛緩剤で鈍る体を動かし、縦穴に身を投じた。

 下水道の中は暗く臭かったが、ボガード・ファミリーの手下が見張っている様子はない。

 青年の後にジェイ、そして最後にイリムが降りてきて、彼女は青い光を収め、左腕に小手をはめ直した。

 シェルターを維持していた翼が灰となり、瓦礫の崩れる音が上から響くなか、ジェイは用済みとなった携帯電話を下水に捨てながら、青年に背を向け歩き出す。

「じゃあな、次はないから覚悟しておけ」

「ま、待ってくれ!」

 自分を見逃し去ろうとした二人を、青年は慌てて呼び止める。

 そして、振り返った色違いの瞳を見詰めて尋ねた。

「君の名前、教えてくれないか?」

「エル・イリム・ワン。イリムでいい」

「イリムさん、素敵な名前だ……」

「貴方は?」

「け、ケン・カーライルです!」

「そうか」

 何故か強張り敬語で答える青年――ケンに、イリムは小さく頷くと、次は振り返らずに去っていく。

 その背中が下水道の角に消えるまで、ケンはずっと熱い眼差しを送り続けるのだった。


             ◇


「臭え、鼻が馬鹿になりそうだ」

 マグライトの明かりを頼りに、二十分近くも下水道を歩いた後、ジェイ達はようやく地上に戻ってきた。

 倉庫街を抜けた先にある、工場が建ち並ぶ一角で、真夜中という事もあって人影はない。

 ただ、爆発した倉庫の方へ向かう、パトカーや消防車のサイレン音だけが、やかましく響き渡っていた。

「さて、ここは何処だ」

 ジェイは自前の携帯電話を取り出し、GPSで現在地を確認すると、最寄りの空港方面に向けて歩き出す。

 宿泊していたホテルに、幾つか荷物を置いたままなのだが、こちらが死んだと思い込んでいるボガード・ファミリーに、万が一発見されると面倒なので、そちらは諦めるしかない。

 といっても、パスポートやFBIの身分証など、重要な物は全て持ち歩いており、予備の銃器や服といった、替えのきく物ばかりなのだが。

「ったく、余計な出費をさせてやがって」

 それでも愚痴を零しつつ、ジェイは後始末をするため上司に電話を掛けた。

『ハロー、こんな夜中に何の用だい?』

「押し花にされかかったんでな、その文句を言わせ貰うぞ」

『あははっ、やっぱり裏切られた?』

「予想してたんなら先に言え!」

 相変わらずふざけた上司ことジルに怒鳴ってから、ジェイは事の次第を説明する。

 それを聞き終えると、童顔の魔術師はまた楽しそうに笑った。

『あははっ、ロリコン君についてはそれでいいよ。同じ事を繰り返すお馬鹿さんだったら、君達の手を煩わせるまでもなく、僕が蝋人形にでもしてあげるさ』

「お前好みの美少年じゃないぞ?」

『じゃあ燃やして大西洋に撒くよ』

「で、ボガード・ファミリーの方はどうする?」

 黒犬に喧嘩を売ったのだ、その対価は言うまでもない。

『面倒事は嫌いだけど、舐められるのはもっと大嫌いだから……潰しちゃおうねぇ』

 笑みを消した底冷えのする声で、ジルは断言する。

 普段はふざけたピエロを演じていても、彼もまた、常識や倫理なんてものを逸脱した、魔術師という化け物なのだから。

『そんなに大きくもない街マフィアでしょ。替えのきく下っ端はともかく、柱となるボスや構成員だけなら二桁で済むだろうし、政府もうるさくは言わないさ』

「他の裏組織が危機感を抱いて、こちらに攻撃してこないか?」

『いや、むしろお礼を言われるんじゃない? デトロイトの組織は《トレドの奴らウゼー》みたいに思ってたようだし』

「……ひょっとして、乗せられたか?」

 ある推測が脳裏を過ぎり、声を潜めるジェイに、童顔の魔術師は同意を示す。

『だろうね。僕達に喧嘩を売らせて、ボガード・ファミリーを潰させる。そのためにロリコン君を送り込んだ――いや、利用したんだろうねぇ』

 修行を終えて街に出て来た、東洋魔術師の青年。

 彼は燃える正義の心に従い、警察が裁けぬ巨悪を退治しようと、犯罪都市として有名なデトロイトに向かう。

 しかし、本当の悪党というものは、ヒーロー番組のように都合良く目の前になど現れてくれない。

 こすいチンピラを退治するだけで、燻っていた青年の前に現れた男が、ある情報を教えてくれる。

 トレド市に巣くう悪党が、ある場所で麻薬の取引をすると。

『すっかり騙されたロリコン君が事件を起こし、僕達に恨みを持っていたボガード・ファミリーは、いい機会だから利用したうえで復讐しようと企む――ように誘導しようと、君達が売春組織の摘発に関わった情報を流したり、煽ったりしてたんじゃないの?』

 黒犬に一泡吹かす事は、ただ復讐になるだけでなく、ボガード・ファミリーの力を示す事にもなると。

 我々にも手が出せなかった、魔術師達の猟犬を始末するとは、トレドのボスは流石やり手だと。

 美辞麗句で褒め称えられ、自尊心を刺激されたボスのサイモンは見事に操られて、自ら死の淵へと飛び出した。

 友好な関係を築けていると思い込んでいた、犯罪都市デトロイトを統べるマフィア達によって。

「そうでもなければ、あの正義馬鹿にこんな真似は出来ないか」

 警察すら掴めていなかった、犯罪組織の取引現場と日時。

 それを魔術師とはいえ、イリムと同レベルで世間知らずそうな青年が、どうやって知り得たのか。

 その答えは『全ての黒幕が居た』だったと知り、ジェイは盛大に溜息を吐いた。

「ったく、これだからマフィアはおっかねえ……で、むざむざ乗せられてやるのか?」

『仕方ないさ、デトロイトの組織も先日の件で打撃は受けたろうからね、《これでチャラにしてやんよ》って事なんでしょ』

 機嫌取りという訳でもないが、童顔の魔術師は全てを理解したうえで、ボガード・ファミリーの壊滅を取り消さない。

 仮にも天才魔術師である彼の事、マフィアの恨みを買って暗殺者を送り込まれるようになっても、別に怖くはないのだが――

『面倒臭いの、嫌だし』

「お前はそういう奴だよな」

 いつもの台詞が出て、ジェイは再び溜息を漏らす。

 怠惰を理由に潰されるボガード・ファミリーに対し、特に同情はしなかったが。

「というか、こうなる事を予想して、俺というかイリムを送り込んだろ?」

 マフィアのどんな罠にかかろうと、平気で生還出来る人員として。

 責めるようにそう告げると、童顔の魔術師は白々しく口笛を鳴らす。

『何の事か分からないな~。あっ、そろそろアニメが始まるから切るねぇ』

「録画しろよ」

 どこまでもふざけた上司に、彼の訴えは届いたのかどうか。

 ともあれ、長い電話を切ってメインストリートに出た所で、運良くタクシーが通ったので、ジェイは手を振って止めた。

 臭くて悪いなとばかりに、先に百ドルほど掴ませると、運転手は文句も言わず発進する。

 そうして、空港に向かったところで、イリムがふと口を開く。

「ジェイ、正義の味方は、やっぱり居ないのか?」

 正義を行おうとした青年は、巨悪に踊らされた道化でしかなかった。

 そんな彼と戦い、巨悪を知りつつも我関せずと目を逸らす自分達も、決して正義ではない。

 ならば、この世には平和を愛し、自らを犠牲にしても人々の為に戦う、真に尊い愚か者は居ないのか。

 そう言って、少しだけ寂しげな表情を浮かべた少女の頭に、ジェイは優しく手を置いた。

「俺は見た事がない。だからって、居ないという証拠にはならないさ」

「……そうか」

 それがただの慰めなのか、捻くれた大人のささやかな希望なのか、イリムには判断が付かない。

 ただ頷き、口を閉ざした少女の横顔を見て、ジェイは小さく呟いた。

「しかし、お前は本当に悪魔だよな……」

「何か言ったか?」

 間違いなく、青年の嗜好を悪い方にねじ曲げたというのに、まるで自覚のない罪深い少女に、ジェイは黙って首を横に振った。


 後日、ある屋敷で激しい銃撃戦が行われたのを皮切りに、トレド市内でマフィアと思しき人物が大量に殺害されたが、それはまた別の物語。

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