歯車系創世記
はじめに、石があった。
石はエーテルの風に吹かれ、母なる崖に転がり落ちる。
転がるうちに石は欠け、刻まれ、崩れていく。
そんな事が何億何兆と繰り返されたある日。
たまたま、風車の様な形で崖の中腹に引っ掛かる石があった。
風車はすぐに壊れ、朽ちてしまったが、やがて何億何兆と生まれた風車の中に、落ちてきた石を自分と同じような風車の形に刻むような形の物が生まれた。
石を刻み傷つける事で最初の風車が壊れても、それによって作られた風車が更に別の風車を作る。そうして、その風車は瞬く間に増えていった。
これが、すべての生命の祖である。
この風車は次第に複雑性を増しながら複製されていき、やがて他の風車と連結する事で回る「歯車」が生まれた。
これが現在ぜんまい系と呼ばれる生命の祖先で、やがて歯車は自ら回る為のぜんまいと、それを保護する外枠、中心となるシャフトを備えはじめ、更に効率的に仲間を増やす為の手足を得ていく。
そして、その進化の最先端にいるのが、我々人類である。
「まぁ実際には諸説あるんだけど、今最も有力な生命起源説はこんな所」
A9M7γはビルの樹の枝を切り払いながらそう話を締めた。
「ふぅん」
A9M12αはわかっているのかいないのか、曖昧な返事を返す。
「ばね系の生き物は?」
「あいつらは……時計類辺りで分化したといわれてるけど、実際のところは
よくわかってないんだ。宇宙から来た、なんていわれる説もあるね」
A9M7γは無駄な枝のなくなったビルの樹を満足そうに眺め、『のこぎり』を籠にしまった。
「じゃあ……このビルの樹とか、そののこぎりは?」
A9M12αの質問の意図がつかめず、A9M7γは頭をくるりと一回転させる。
「それは生き物じゃないの?」
ああ、とA9M7γは得心した。子供なら一度は考えることだ。
「確かにこいつらは、石や地面と違って自分で動けるし、
ある種の餌もいるから、生き物に似てるけどね。
でも、生き物が作ったものじゃないし、こいつらが生き物を作ることもない。
勝手に増えたり大きくなったりはするけどね。
基本的に、生き物を作れない物は生き物とは呼ばないんだ」
「……難しいね」
歯車に手を当てるA9M12αにA9M7γも頷く。
「宇宙に人類が進出してまだたったの10世紀。まだ見つかってないけど、
もしかしたら全然別の進化の仕方をしてる宇宙人もいるかもしれないね。
さ、1年くらいでこのビルの樹も中をくりぬいて住めるようになる。
それまで風でも食べに行こうか?」
「やったぁ! もう私、ぜんまいが緩々だよー」
「ちょっとねじでも巻いとく?」
「大丈夫。それより、この前風車を新調したから、早く風に当たろうよ!」
「はいはい、それじゃあ行こうか。帰りにのこぎりの餌と、雌も買わないとね。
コイツも古いからそろそろ動かなくなっちゃいそうだ」