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キミとボクの物語

作者: 美月椎奈




人が空から降って来た。



それが今、この有り得ない状況を説明する唯一の言葉だと、少なくとも俺は思う。


少女は背中に羽でも付いていたかのように、ふわっと立って地面に着地した。



俺は驚きすぎて何も言うことが出来ない。



「………」



俺と少女の間に流れる沈黙。セミの鳴き声がいつもより耳にざわついた。



「…あの」



俺は思い切って謎の少女に問いかける。70%の好奇心と30%の恐怖感。それが今の俺だった。



「君は、なんで空から落ちてきたの?もしかしてパラシュートとか付けてたの?それとも低い所から落ちただけとか!?」



俺の脳内は完全にパニック状態だ。あんな光景を見てしまったら無理もないと思うが…。



少女は無言で俺を見上げる。



それにしても、空から落ちたにも関わらず無傷な身体。あの着地の様子。それは、どう考えても不自然だ。



ふと、少女の口が開いた。



「……私、魔女なの…」



「…え…」



彼女は、俺の抱える疑問を一瞬にして溶かすと同時に俺の中の常識をも壊す一言を吐くと、イタズラっぽく笑った。



「ふふふ。本当よ。だって普通の人間なら、怪我してるじゃない。」



「…まぁ、確かに」



確かにその通りだ。



その通り…だけど、



俺はどうしてもそんな非現実的な事態を受け入れる事ができない。



そして、彼女が次に言う言葉に俺はもっと驚かされる事となった。



「ねぇ、キミ」



魔女が面白そうに笑う。


「私をキミんちに泊めてよ」



少女がサラッと口から出した言葉。



その言葉に俺は絶句する。



「なななな、何で…!?!?」



「だって、私の事見えるの今んとこはキミしかいないんだもん」



当然とでもいうように彼女は言う。



「何で俺だけ見えるんだよ?他に見える奴探せば良いだろ!」



そうだ。きっといるはずだ。



だが、そのささやかな願いが叶う事はなかった。



「無理よ。他の人は私が見えて無かったもの。そんな簡単に見つかる訳ないでしょ!」


まぁ、確かに…。だが、俺にだって見ず知らずの、しかも自称魔女とかいういかにも怪しすぎる女を素直に泊めてあげるほどお人好しではない。



「だからって、何でわざわざ泊めなきゃいけないんだよ!どうせ他の奴からは見えないんだから、勝手に居座れば良いだろ!」



俺にしては、かなりごもっともな事を言った気がする。だが、魔女の反応は予想していたのとかなり違っていた。



「…それじゃ、寂しいのよ…」



さっきと異なる弱々しい様子に正直、調子が狂う。彼女は今にも泣きそうな声で続けた。



「だって、私の存在に気付いてくれないんだよ!?そんなの、惨めじゃない…」



そう言い切って、魔女は下にうつむいた。やばい。なんか可哀想になってきたぞ…。



「…ねぇ!お願い!少しの間だけでいいから…!」



そして最後の追い討ち。`一生のお願い´でもするような勢いで彼女は手のひらを合わせて上にあげ、深くお辞儀をした。



…あぁ、前にも見たことあるぞ。こんな風景。小学校の時だっけ?…まぁ、忘れたケド。



俺、ここで断ったらかなり酷い人みたいじゃん。



「…分かったよ」



俺は結局、魔女に押されてしまった。どうせ断ってもストーカーみたく付いて来られそうだったし…。



それに、



「やったぁ!ありがとぉ!」



そう言いながら飛んで喜んでいる彼女を見ると悪い気もしない。



「あ、そぉだ!キミ、名前何てゆうの?私は奈乃葉よ」



「…俺は、野島優夜…」



「そっ。ユーヤくんかぁ!よろしくねっ」



奈乃葉はハシャぐ子供のような笑顔で言った。



泊めるって言ってもコイツ魔女だし、俺の他に見えるやつはいないと思うし、大丈夫だよな…?



「そういや、お前、何のために俺の家に来るの?」



今更ながら、俺は何となく彼女にそう聞いてみた。



「…思い出を作りたいんだ。この世界にいたっていう思い出を…」



さっきの表情と違いどこか寂しげな顔。その表情の変わり様に俺は少し違和感を感じた。



だが、俺はまだその表情の意味に気付いてなかった…――――。





「ここ」



目の前には築50年ほどの建物が一件。



‘紫ハイツ’と書かれた看板が建物の古さを物語っていた。



「え…?」



「だから、俺の家」



「はっ…!?」



いかにも‘期待はずれ’と言っているような表情。



なんて失礼な奴なんだ。



「嫌ならいいけど」



と、冷ややかな目線を菜乃葉に送る。



「え…!?嫌じゃない…。うん。嫌じゃないよ…!」



少し棒読み気味の言葉にはイラッと来るが、まぁ、悪気は無さそうなので許してやろう。



「…優夜って、一人暮らしなの…?」



おそるおそる、菜乃葉が俺に聞いた。



「そうだけど」



俺は一言そう答えた。



「でも、優夜って学生…だよね…?」



「うん。高2。訳あって親とは別居中なんだ。まぁ、金だけはくれるけど」



他人ごとを語るように、俺は淡々と話した。そう。他人ごとだ。



「そうなんだ…」



菜乃葉はどう反応していいか分からないようだ。俺は話を切り替える事にした。



「さっ!家に入るか」



「あ、…うん…」






そして、俺たちの一週間が始まった。






2日目、



「やっべ。遅刻するっ!菜乃葉、留守番頼む…って、え…ちょ、ゴフッ」



い…いてぇ…。何故だ。何故いきなりイスを投げる…?



逆転した視界に、仁王立ちした菜乃葉の姿が見えた。



「ちょっとぉ!か弱い女の子を1人にする気!?私も一緒に行くに決まってるでしょっ!」



…どこがか弱いんだ!むしろたくましいだろっ…と喉まで出掛かった言葉をやっとの思いで抑え、俺は取り敢えず返事を返した。



「…わ、分かった…!分かったから…」



「そう。分かればいいのよ」



あぁ…、神様。俺はいつかこの女に殺されそうです。



キーンコーン…



「うわっ。セーフ…」



なんとか遅刻せずに済んだみたいだ。



「ねぇ、ここが優夜の通ってる学校?」



そう言いながら、菜乃葉は興味津々に教室を見渡す。この女…。俺はお前のせいでヒヤヒヤしたっていうのに、呑気に教室を鑑賞してやがる…。



「そうだけど…」



俺は小声でそうとだけ返した。



「きれいね…!私の学校なんてそこらじゅうに蜘蛛の巣張ってたわよ…」



魔女の世界にも学校はあるのか…。俺は、少しだけ、魔女の世界の一部が見えた気がした。



3日目、



朝起きると、何故か豪華な食事が並んでいた。



「これは……」



一体何が起きた…?



その時、台所からひょっこりと菜乃葉が顔を出した。



「あ!見てみて!これ全部私が作ったんだから!」



自慢げに話す菜乃葉はよそに、俺は即座に冷蔵庫へと向かう。案の定、中は空っぽだった。菜乃葉の好意はありがたいが…



「はぁ…」



まだ7月は半分も終わってないのに……。食費、どうしよう……。



4日目、



「えっ?バイト?」



突然の事で少し驚いたのか、菜乃葉が俺に聞き返す。



「うん。1日だけだけど。友達が自分の代わりに来てくれって」



今日は沢山お客さんが来るらしいが、お店の人手が足らないらしく、今日だけ俺の代わりに出てくれと頼まれたのだ。丁度、食費の件で困っていたため快くOKした。



「私も付いて行っていい…?」



「ダメだ。お前がいると気が散る」



仮にも仕事をするんだ。あまり恥ずかしい失敗はしたくない。



「外で待ってるから!」


菜乃葉は‘1人’が嫌いらしい。必死になって俺に頼み込む。



「分かったよ…」



「やった!」



また、負けてしまった。あぁ…。疲れる。




「お待たせ」



バイトの帰り、ずっと外で待っていた菜乃葉に言った。だが菜乃葉に返事は無く、ぼーっと、どこかを見ている。



「いいなぁ…」



ふと、菜乃葉が短い言葉を発した。



「え…?」



どうしたんだ?なんだかいつもと違う…。



「あの女の子達…。私もあんな風に……なーんて、冗談よ。さっ!帰ろ」



「あ、うん…」



その日の菜乃葉は、無理に笑っているように見えた。




5日目、



最近の菜乃葉は変だ。ぼーっとしていることが多いし、どこか寂しげな表情をよく見せる。俺には今の菜乃葉は自分を偽っているように感じた。



「ねぇ、親に愛されないのと、誰も愛すことが出来ないのと、どっちの方がマシなのかな?」



突然、菜乃葉が俺に問いかけた。



「え…?どうしたんだ?いきなり」



「いいから、答えて…」



菜乃葉に急かされ、俺は思ったことを話すことにした。



「オレは、親に愛されない方がマシかな。誰も愛せないんじゃ、大切な人だって見つからないだろ?」



「そっかぁ。そうゆう考え方もあるよね…。でも私はやっぱり、愛されたかったな…」



しんみりと話す菜乃葉の姿は、いつもの菜乃葉ではなかった。



「何かあったのか?」



俺は心配になって、菜乃葉の顔を覗いた。



「ううん。ただちょっと昔の事を思い出しちゃって…」



「そっか…。…俺、親と別居してるって言ったじゃん?」



「え…?うん…」



突然、自分でも何でこんなことを言い出したのか分からない。けど、多分、菜乃葉に分かって欲しかったんだと思う。



「俺んちの親、再婚したんだ…。別に上手くいってないって訳じゃなかったけど、なんか居場所失った気がして…それで、俺から1人暮らしするって言い出して…、今に至るって訳」



こんな事、誰にも話したことがなかった。



「分かるよ。ホントは、寂しいんだよね?」



何もかも見透かしたような瞳。



菜乃葉は真っ直ぐと俺を見つめる。



「……」



俺は静かに涙を流した。





別れは刻々と近づいていた。






6日目、



「あ〜ぁ、暇だぁ!休みって勉強ないのはいいけど、暇なんだよなぁ」



そう言って、俺はソファの上に思い切り倒れ込んだ。



机の上は、トランプや人生ゲームで埋もれている。



「もぅ!だから外に行こうって言ってるじゃない!」



菜乃葉がここぞとばかりに食ってかかる。



だが、俺は絶対に外に出たくは無かった。



特に菜乃葉がさっきから言うあそこには…



「だって、どこに行けばいいんだよっ!俺は絶対に1人で遊園地とかお断りだぞ?」



「えぇ!?遊園地行きたいのにっ!けちぃ!私がいるんだから1人じゃないでしょぉ!」




そりゃ、俺らから見れば2人だよ…!…だがな…



「はたから見れば1人だっ!」



「じゃあ、どこでも良いから連れてってよ!優夜との思い出作りたいの…!」



…また、違和感…。なんとなくだが、多分、菜乃葉は何かを隠してる。



「…じゃあ、図書館…。図書館でどうだ?」



あそこなら、涼しくて快適だし、なにより近い。それに1人で行ってもおかしくない所だった。。



「…うん!行く!」



菜乃葉は、ホッとしたような笑顔を見せた。



まるで何かに急かされているような…、そんな表情に見えたのは、俺の気のせいだろうか…?



「…じゃあ、行こうか」



心の中に芽生えた小さな疑問。それはしばらく菜乃葉には隠しておくことにした。



「わぁ!本がいっぱい!」



菜乃葉は、図書館に一歩入る前から、子供のようにはしゃいでいた。



「あんまり変な行動するなよ?」



これは、要するに、「変なことして、俺の大きな独り言と勘違いされるようなことを言わせるなよ」という意味。



俺だって、周りの人から痛々しい目で見られるのは真っ平御免だ。



「わっ!見てみて!この本面白そう!」



菜乃葉は、何に関しても興味深々だった。



何でだろう。菜乃葉といると、いつも自然に笑えるんだ。



きっと、俺と菜乃葉は同じ孤独を持っているんだと思う。



だから、一緒にいると温かいんだ…。




ずっと菜乃葉は俺の隣にいると、そんな幻想すら抱いていた。






着々と近づいてくる、別れの足跡にも気付かずに…。






「優夜…」



帰り道、菜乃葉が突然、足を止めた。



「何…?」



どこから来るのかも分からない不安が俺を襲う。何か、嫌な予感がする…。



そして、その‘予感’は最も最悪な形で当たる事となった。



「ごめん!私、ずっと優夜に嘘付いてた…。魔女なんて、その場しのぎの大嘘なの!私…、ホントは…」



俺は、その言葉を遮るように、思い付く言葉全部を空中にぶちまけた。




「な…、なんだぁ!す…、すっかり騙されたよ!実は普通の人間とか…!?それとも宇宙人!?それとも…」



「…幽霊」



菜乃葉が静かに放った言葉。それは俺が絶対に聞きたくなかった言葉だった。



菜乃葉は消えるの?いなくなるの?言いたくても怖くて喉から出せない塊が脳内に浮かんでは消える。



「私、両親に虐待されてたの。学校でも上手くいかなくて…。それで、自殺しちゃったんだ…」



「……」



泣きそうな顔で菜乃葉が語り出す。



もしかしたら、俺の方がはるかに泣きそうな顔をしているのかもしれない。



俺は黙る事しか出来なかった。



「でも、死んでも、どうしても成仏が出来なかった。誰かから一度でいいから愛されたくて…」



「……」



菜乃葉は、「でも」とまた続けた。



「でも、優夜のお陰で成仏できるかも」



菜乃葉の見せた嬉しそうな、でも、悲しそうな複雑な表情。それが、今の菜乃葉そのものなのだと思う。



だから聞きたくなかったんだ、と俺は心の底からそう思った。



「まだ、消えたりしないよね…?」



小さな希望を乗せて、やっとの思いで吐き出した言葉。それは情けないくらい震えていた。



「もって、明日かな…。私はもう消えないといけないの…。もうこれ以上、ここの空気浴びてたら妖怪になっちゃう…。優夜のこと、覚えてるウチに消えたいの…」



「……」



俺は何も言わなかった。言うことが出来なかった。一気に襲う無力感。切なくて、悔しくて泣きそうだ。



久しぶりに流れた、沈黙。



俺たちは、無言のまま、ただ歩くだけで精一杯だった。





最終日、



「おはよう…」




朝起きたら11時丁度。いくら休みとはいえ、俺にしては起きるのが遅すぎる。昨日はなかなか眠れなかったのだ。



「おはよー」



それに比べて、菜乃葉は普通だった。

いや、俺には菜乃葉が無理をして普通に装ってるとしか見えない。



「優夜、私、自然がある所に行きたい」



そう言いながら、菜乃葉はどこか遠くを見つめていた。全てを覚悟したような瞳。俺には、菜乃葉が何を考えているのかが、嫌でもわかる。





ココから、消えようとしているのだ。








俺は、今すぐにでも説得して、消えないで欲しいと訴えたかった。でも、それと同時に反対の感情が俺に呼びかける。「お前は、菜乃葉をここに残して妖怪にしたいのか。」と。



今の俺に出来ることは、黙って菜乃葉の覚悟に付き合う。それくらいしか出来なかった。



さやさやと、心地よい風が吹いた。



「良い場所だろ?この丘が近いから、わざわざあのボロっちい所に住んでるんだ」



目の前には、澄み切った青い空と自分の住み慣れた街が広がっていた。



「本当。キレイね」



菜乃葉は大人びた笑みを浮かべ、景色を眺める。



「優夜、今までありがとう。楽しかったよ」



現実が一気に俺を襲う。



「え。そんな、まだ早いだろ…?俺はまだ…」



‘別れたくない’



その言葉は菜乃葉の声で遮られた。



「ダメ…。だって、優夜と別れたくなくなっちゃうじゃない」



また、菜乃葉は悲しそうに笑った。



「…嫌だ」



情けないくらい震えた声。絞り出すように出した一言。



その言葉が聞こえていなかったかのように、菜乃葉の存在が消え始める。



「優夜、大好きだったよ」



嫌だ嫌だ…。



「…俺を…1人にしないで…」



涙が止まらなかった。



だって、俺はこんなにも菜乃葉を……











愛してるのに…










俺の感情とは反対に菜乃葉はどんどん透けていく。



「優夜は1人じゃないよ…?消えてもずっと私が優夜のそばにいる…。きっといつか優夜のそばに生まれ変わる」



菜乃葉は真っ直ぐと俺を見つめていた。



「…いつかって、いつだよ…?俺、待てないよ…」



自分でも情けない事を言っているのは分かってる。でも聞かずにはいられなかった。



「‘いつか’は‘いつか’よ…。でも、絶対に巡り会える。だから、それまで、‘さよなら’よ…」



「嫌だ…!俺、待てないよ…!行かないで…!」



俺は、心の限り叫んだ。



だが、その願いが届くことはない。




「ずっと、見守ってるから…」








空に溶けた奈乃葉の声が何もない空間に優しく響いた。









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