3−5−1
日記の中の自分は、とても幸せそうだった。
困惑したようなそぶりで書きながらも、言葉の端々に嬉しそうな自分が見えた。
一番最後の日付には、見に行く映画を楽しみにしている自分がいた。映画のタイトルは書いていない。何を、見に行くつもりだったのだろう?
彼の名前は、榊原龍一君。こっくりさんに憑かれたらしい。それを祓ったのも自分らしい。
星を見に行ったらしい。わざわざ山口県にまで。
全部、らしい、だ。
そういうことがあった事実しかわからない。
日記を閉じた。
確かに覚えていることもあるのだ。
優しい顔で笑う人がいたこと。その人の事を確かに大切に思っていた。
「なのに、どうして」
一致しないのだろうか?
とてもとても大切で、傷つけないようにしなくちゃと、焦っていた自分の気持ちも覚えている。
なのに、
「どうして……」
きっとあの榊原龍一君が、あの優しい笑顔の人なのだろう。それはわかる。なのに、記憶として一致しない。わからない。
「どうして……」
喰われた記憶に、日記帳を抱えたまま一人涙した。
どれだけ膝を抱えたままで居ただろうか。
「沙耶?」
ためらいがちにかけられた声に顔をあげる。いつものように優しく微笑んだ兄の姿がそこにはあった。
「直、兄……」
名前を呼ぶと、少しだけ安堵したように彼が息を吐いたのがわかった。
「おはよう」
彼は笑うと、ゆっくりと近づいてきて、そして隣に腰を下ろした。
「円が今、宗主に呼ばれているから、代わりに」
「ん」
直純から見えないように、こっそりと目元を拭う。
「ご飯、ちゃんと食べた?」
「……ちょっとだけ」
「そっか」
偉い、と直純が笑った。
そして黙ったまま、隣に座っている。
また少し泣きそうになった。
いつだって彼は、どんなに落ち込んだときもそばにいてくれて。何も言わないで隣にいてくれた。厳しい発破をかける言葉や優しい慰めの言葉も全部円の物で、その代わりに直純はいつだって、ただ黙って隣にいてくれた。
それが、どんな時だったのか、もう殆ど思い出せないけど。
「直兄」
「ん?」
「直兄からみた、榊原龍一ってどんな人?」
たてた膝に顔を埋めたまま尋ねる。
「いい子だよ」
直純はそれだけ言った。
「……え、それだけ?」
思わず重ねて問う。視線を彼に移す。
「他に言いようがないから」
直純は困った様に笑う。
「敢えて言うなら」
一つ呼吸をし
「恋敵としては最高だね」
言って微笑む。
「うん、恋敵なんだ。あのさ、沙耶。俺じゃ駄目かな?」
「……え?」
小さく呟いた拍子に、沙耶の手から日記が落ちた。