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調律師  作者: 小高まあな
第四章 有声慟哭
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3−4−7

 眠れなかった。

 用意してもらった部屋で、座ったまま待っていた。

「龍一」

 襖をあけて声をかけてきたのは翔だった。光が差し込む。もう、朝になったのか、と思った。

「沙耶さん、目を覚ましたみたいだけど、どうする?」

 黙って立ち上がった。

 悩んでも答えは出なかった。

 とりあえず今は、会いたい。

「……沙耶?」

 ためらいがちに声をかける。

 布団の上で上半身を起こした沙耶は、小さく首を傾げた。長い髪が揺れる。

「……だれ?」

 かすかに、かすかに聞こえる程度の声。それでも、その場を凍り付かせるには十分だった。

「ちょっと沙耶何をいって!」

 慌てたのは龍一よりも円だった。その声に沙耶の肩がおびえたようにぴくりと震える。

「円さん」

 呼ばれて振り返る。龍一はゆっくりと首をふった。

「円さん、いいんです」

 龍一は小さく微笑むと、

「榊原龍一、です」

 小さく名乗った。それから、

「それじゃあ、俺、学校あるんで帰ります」

 早口に言い切ると逃げるようにして部屋を出る。

「あ、ちょっと龍一君!」

 円が慌てて立ち上がり、

「沙耶?」

 その隣を転げるようにして走りながら沙耶が通り抜けた。

「待って」

 廊下にでたところで、沙耶が叫ぶようにして呼び止める。龍一は立ち止まって、それでも振り返らなかった。

「あたし、あたし、ちゃんと思い出すから。忘れてないから、だから。また、来て……?」

 最後の方はかすれ声で呟かれた言葉に龍一はゆっくり振り返る。そうして、ゆっくりと強引に唇の端をあげてみせた。

「言われなくても」

 それだけ口にすると再び歩き出す。

 すとん、と沙耶は、力が抜けたように廊下に座り込んだ。

「沙耶」

 慌てて円が隣でその肩を支え、

「ちょっと、龍一君!」

 すたすたと歩いて行く龍一の背中に声をかけ、

「僕が行くんで大丈夫です」

 その横を翔が早足で通り抜けた。

「榊原のことは心配しないでください」

 一度振り返り、二人に笑いかける。

「榊原ー、こっからだと道わからないだろ? 案内するからちょっと待てよ、榊原!」

 小走りにその場を立ち去る。沙耶は廊下に座り込んだまま、遠くなる背中を見つめた。

「沙耶? 大丈夫?」

 いつもよりも優しい円の声。

「円姉」

 珍しく困ったような顔をした姉を見上げる。

「お願いがあるんだけど」


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