3−4−1
「……参考までに聞きますが、公にはなんていうんですか?」
円が運転する車の助手席に座った巽翔は尋ねた。
「竜巻」
前を見据えたまま、ただ一言だけ返す。
「……無理がありません?」
「嘘は言ってないじゃない。竜巻っていうのはね、龍が巻くって書くのよ?」
「……。なんていうか、一生円さんには勝てない気がします」
その会話を後部座席で黙って龍一は聞いていた。膝の上の沙耶の頭をゆっくりと撫でる。涙のあとが残る頬。
「……、円さん」
ゆっくりと絞り出すようにして声をだす。
「なぁに?」
「沙耶、もう限界だって言っていたけど、ごめんって泣いていたけど、それって……、やっぱり……」
「……」
円は一度バックミラー越しに龍一の方を見た。
「ごめんなさいね、龍一君」
「じゃあ……」
「ええ、多分、この子が次に目覚めたとき、覚えていることはだいぶ少ない」
「……そうですか」
つないだ右手をきつく握った。
たどり着いたのは大きな家、どちらかというとお屋敷だった。
「……ここは?」
「実家」
円が端的に答える。
日本家屋というのが相応しい。知ってはいたけれども、やはりお嬢様なんだなと思った。
「円っ!」
直純が駆け寄ってくる。円と直純と、他の人たちが話し合っているのを見ながら、龍一は後部座席から動けないでいた。
繋いだ右手に力を入れる。沙耶の目は開かない。
昨日、ちゃんと追いかければよかった。子どもじゃない、と言われた事に腹を立てたりしないで。ちゃんと後を追いかけて、円のところまで着いて行って、ちゃんと目の前で謝ればよかった。
なのに自分は暢気にメールが来ないことを憤ったりして。だから、子どもなんだ。
「龍一君」
ドアが開けられる。
「……直純さん」
「沙耶、いいかな?」
気遣う様に言われる。直純にこんな風に気遣われたのは初めてかもしれない。
小さく頷く。
直純は少しだけ微笑んでみせると、沙耶の体をそっと持ち上げた。
そのまま家の中に入って行くのを見送る。直純に抱えられた沙耶から黒髪が揺れる。それをぼーっと見守る。
「龍一君」
声をかけられる。横を見る。円が困ったような顔をして
「とりあえず、中、入って」
円の困ったような顔も初めて見た気がする。ゆっくりと車から降りた。