3−2−7
眠っている沙耶に寝室からとってきた毛布をかける。眉間にしわを寄せて寝ているから、とりあえず指でそのしわをのばしておいた。
何があったのか知らないけれども、今日は一段と荒れていた。
小さくため息をついて、円はテーブルを片付けようと立ち上がった。
背後で小さな電子音。
振り返ると、ソファーの上に放り出された沙耶のケータイが音を立てていた。着信表示は榊原龍一。
一瞬ためらってから、その小さな機械を耳にあてた。
『あ、沙耶』
「こんばんは、龍一君」
『え、あれ? 円さん?』
裏返った声に笑う。
「ごめんね、沙耶今寝てて……」
『そうですか……』
小さなため息が聞こえる。
「ごめんね」
『いえ……、あの、沙耶、大丈夫ですか?』
「……うん」
黙っていた方がいいことも多分ある。
『ならいいんですけど。今日、クラスで遊園地に行くっていう企画があって、それとばったり会っちゃったんで』
「巽のおぼっちゃまが言ってたやつね。今日だったんだ。そっか、それで……」
急に世界が違うとか言い出したのか。
『怒ってませんでしたか?』
「寧ろ龍一君が怒ってないか気にしてたけど?」
『俺は、別に……』
「大丈夫、いつも通り」
『なら、いいんですけど……』
「龍一君」
『はい?』
「いつも、ありがとね」
『え?』
電話の向こうで龍一が笑ったのがわかった。
『どうしたんですか? 急に』
「んー、なんとなく。あの子気まぐれで大変でしょう?」
『確かに沙耶の発言ぶれることが多いですけど、俺の事気遣ってくれているの分かるから、別に気まぐれなんて思いませんよ』
そして、小さなため息。
『別に、気遣って欲しいとは思ってないんですけどね……。そんなに頼りないかな、俺』
付け足される様に呟かれた言葉。かける言葉が特に思いつかなくて、円はただ黙っていた。
『すみません、円さんに言ってもしょうがないですよね。それじゃあ、また』
「あ、うん。またね」
言って電話を切る。それをテーブルの上に置く。
上手くいって欲しいと思っている。龍一が沙耶の龍のことを知っても離れて行かなかった、恐れなかった。あの時、彼となら状況は改善すると思った。
「高校生に頼り過ぎ、かな」
お互いに仲良くすればするほど、遠ざかっている気がする。どうすればいいのかがわからない。
小さく息を吐くと、ショートの髪をかきあげる。こればかりはどうしようもないことだ。
食器を持って立ち上がる。ここを片付けて、もう寝よう。