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調律師  作者: 小高まあな
第二章 いやなんです
81/157

3−2−6

 テーブルの上に並んだ料理の数々に、沈んでいた心が弾む。

「円姉の料理とか久しぶりなんだけど」

「そこまで喜んでもらえれば嬉しいわねー」

 まんざらでもなさそうに円は微笑んだ。

 夕飯は円の部屋で食べる事になった。どこかに外でご飯を食べる気分には、さっきの沙耶はとてもじゃないがなれなかった。

「それより、具合大丈夫?」

「うん」

 微笑む。本当にさっきのは気のせいだったと思えた。今はとても気分がいい。

「ごめんね、我が侭で」

「それはいいけど」

 まだ疑ったような顔をして、円が呟く。それを急かす。

「食べよう」

「はいはい」

「いただきます」

 言って頬張る。パエリア。

「ん、美味しい」

「そ? よかった」

「急にご飯食べにきたのにパエリア作れるって円姉すごいよねー、あたし絶対無理」

「でしょ?」

 にやりと笑う円に、微笑む。そういうところが、好きだ。

「高校の時は毎日こういうご飯食べてたとか、あたし贅沢だったよねー」

 高校のときは一緒に住んでいた。卒業と同時に引っ越しをしたけれども。

「何? 可愛い事言うわねーどうしたの、今日」

「別に?」

 首を傾げる。

「いつも通りだけど?」

「そう?」

 円は変な物を見るような眼で一瞬沙耶を見て、

「まあ、本人みたいだし、何にも憑いてないみたいだし、いいけど」

 言ってスープを飲み、

「んー、沙耶さ、本当に体調平気?」

「何? しつこいなー、平気だってば」

「違うそうじゃなくて……」

 スプーンを置き、真面目な顔をして

「お酒、飲まない?」

「ああ、そういう……」

 笑う。

「ちょっとだけなら」

 答えると、嬉しそうに笑った。円の酒好きは周知の事実だ。

 一緒に住んでいたときも、やたらとお酒を勧めてきた。未成年だから断っていたけれども。

 赤ワインを出してきて、嬉しそうにあける。

「また、無駄に高そうな……」

「いい物食べないとねー」

 なんだかんだいって、業務に従事出来る人間が少ないお祓い系の仕事は儲かる。そしてそれを代々生業としてきた一家の宗主の娘、次期宗主はそれなりにお金持ちなお嬢様だ。それは別に、悪い意味ではない。

 今ではいなかったことにされているけれども、沙耶自身社長令嬢だったわけだし。

 生まれたときの環境というのは、やっぱり人を縛るのだろうか。

 それだったら、普通に、普通の家庭に、生まれたかった。

「そういえばさー」

 円は楽しそうにご飯を食べながら

「龍一君と喧嘩したの?」

 口に含んだワインを吹きそうになった。

「え?」

「急に呼び出したのは悪かったと思ってる。けど、それにしては対応が変じゃない、あんた」

 食事を続けたまま円は言う。綺麗な黄色をしたパプリカが口に運ばれる。

「……別に、ただ」

 お行儀悪くスプーンでパエリアをつっつきながら

「住む世界が違うな、って思っただけ」

 円がワインを飲みながら首を傾げた。

「世界ねー」

 沈黙。それっきり円は何も言わない。

 口に運んだスープも、パエリアも、サラダも、全部美味しい。このまま味わって食事を終わりにして家に帰ることもできる。

 でも、それは沙耶も円も望んでいない。

「……円姉、ビールない?」

 小さい声での言葉に、円はにっこりと微笑み、

「あるわよ、冷蔵庫に沢山」

 冷蔵庫から出してきたビールをその場でぐっと飲む。

「私にもちょうだーい」

「はいはい」

「さんきゅー」

 手渡された缶を円は勢いよくあける。

「あのね」

「うん?」

「あたしは子どもじゃない、とか言っちゃった」

 苦笑い。

「龍一、怒っただろうなー」

 彼が年の差を気にしている事は薄々気づいている。それなのに、こどもじゃない、なんて。

「……ものすごく、基本的なこと聞いていい?」

「うん?」

「あんた、結局龍一君のこと好きなのよね?」

「直球」

 笑う。膝を抱えるようにして座り直す。

「今日だけの、ここだけの話ね、……好きだよ」

 このワンピースだって、今日のためにわくわくしながら買った。会えるのをいつも楽しみにしていた。だけど、

「でも、あたし、賢と別れた時にもう恋をしないって決めたんだもの」

 別れたあの日、泣いて帰ってきたことを円は知っている。

「あたし、絶対にいつか龍一のことを傷つける。今後も事件に巻き込んでしまうかもしれないし、忘れてしまうかもしれない。だから、」

 顔を上げる。円は何も言わないで、切れ長の眼を少しだけ細めてこちらを見ていた。

「だから、今日だけの、ここだけの話。龍一には普通の、もっと可愛い子が似合うよ」

「でも、その顔は、後悔してる顔」

「ん。……でもやっぱりこれでいいんだとは思うんだ。後悔は、してないっていったら嘘になるけど」

 怒らせてしまった、とは思う。それでも、これでよかったとも思っている。

「もう、あたしから離れた方がいい」

 言って微笑むと、缶に口付けて傾けた。苦い。

「私は、あんたの味方だからね」

 円は小さくそれだけ呟くと、

「よし、飲むか!」

 言って残ったビールを一気に飲み干す。

「飲みたいだけでしょー」

 明るい言い方に感謝して、昔と同じ様に茶化した。

 住む世界が違うのだ、きっと、最初から。あたしはこっちから抜け出せない。だから、

「ごめんね、龍一」

 円が冷蔵庫に向かって歩いて行く。彼女に聞こえない様に小さく呟いた。

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