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調律師  作者: 小高まあな
第二章 いやなんです
80/157

3−2−5

「ただいまー」

 ちっとも楽しめないまま終わった遊園地から逃れ、龍一は玄関のドアをあける。

「おかえり」

「……雅」

 ため息。何故か玄関で姉が仁王立ちしていた。

「今日はなんだよ。また信介さんが出張なのか、日曜日なのに」

 結婚して家を出て行った筈なのに、ことあるごと帰ってくる姉に呆れる。靴を脱ぎながらそういうと、

「お前は馬鹿か。龍に話があってきたんだ」

「え?」

 話?

「いいから来い」

 言ってすたすたと歩きだす。慌ててその後を追った。

 龍一の部屋に迷わず入ると、雅は椅子に腰掛ける。

「ほら、そこに座れ」

 言われたのは床で、でも大人しく正座する。いつも怒ったような態度をとるけれども、今日に関しては本気で怒っている気がする。俺、なんかしたっけ?

「龍一、お前、今年に入って急に進路希望変更したらしいな」

「あー、うん」

 確かに、三年になっていきなり文学部志望から医学部に変えた。

「何故」

「雅には、関係ないだろ」

「関係ない?」

 子どもが居るとは思えない、我が姉ながら抜群のスタイル。その長い足をゆっくりと組み替える。威圧的に。

「お前、それ本当に言っているのか? 学費を出すのは誰だと思ってるんだ? 私にはともかく、母さん達に説明する義務は当然あるだろう。医学部になったら学費もかかるんだろうし」

 正論だ。それは薄々思っていた。それを避けていたのは、どうやって説明すればいいかわからなかったからに他ならない。

 医者になって少しでも沙耶の助けになればいい。そう思っている。彼女の龍をどうにかすることができればいい、と。でもそんなこと、どうやって説明すればいいのか。

「……やっぱり、巫女姫様か」

 雅が小さく言う。どこかで聞いたような単語に顔をあげる。

「大道寺さん絡みか?」

 問われて、頷く。

「そうか、わかった。それだけわかればいい」

 言って一人で納得して、立ち上がる。

「雅」

 慌てて呼び止める。勝手に納得されても困る。

「ん、彼女には口止めしておいて自分で言うのもどうかと思うが、大道寺さんとは元々面識があるんだ」

「え?」

「高校の時に」

 言われて考える。姉も沙耶も同じ高校で、姉が3年の時に沙耶が1年。ならば、会う可能性も無いとは言えない。

「幽霊が見える巫女姫様、って呼ばれていたんだ、彼女。それで一度、助けられた」

「それはどんな?」

 聞いたら睨まれた。

「なんでもないです」

「だから、そういうことなんだろう? 母さん達に説明できないのは」

 頷く。

「私から母さん達には説明しておく。龍がなんで急に志望を変更したのかわからないって言われてな。兄弟の方が話しやすい事もあるからって言ったんだ。適当に色恋沙汰とでも言っとけば、母さんのことだから納得するだろう」

「……それもどうかと」

「文句あるの?」

「ありません」

 慌てて首を横に振ると、ゆっくりと雅が微笑む。

「わかればいい」

 沙耶は、雅の事を優しい人ね、と言っていた。確かにまあ、優しいときがないわけでもないが。

「ありがとう」

「貸し一な」

 いや、優しくないな。思い直す。

「……巫女姫様、じゃない。大道寺さんが病気とか、そういうことじゃないよな?」

 ドアノブに手をかけたところで、雅が振り返る。

 言葉に詰まる。病気、ではないけれども。龍が憑いて、記憶を失うんだなんてこと、勝手に言っていいものではない。

「言えないか」

 雅がため息をつく。弟の浅はかさをたしなめるように。

「龍、答えられないってことは、答えたのと殆ど一緒だ」

「あー、いや、うん。病気って言うわけじゃないけど、うん、まあ」

「わかったわかった。そういうことな」

 諦めたように、それでいて納得したようにいい、挨拶もなしに部屋を出て行く。

 ため息をついて、立ち上がると

「あ、そうそう、龍」

 戻ってきた雅が顔だけのぞかせて言った。

「医者を目指すのもいいが、その前に捨てられない様にな、お前」

「余計なお世話だーっ!」

 反射的に鞄を投げつけるが、鞄は閉められたドアに当たっただけだった。

「余計なお世話だ」

 人が気にしていることをずけずけと。どこが優しいだ、どこが。

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