2−6−1
かちゃり、ドアが開く音に沙耶は顔をあげた。
「おかえ、り?」
入ってきた人物を見て首を傾げる。
「円姉、どうしたの?」
「え、何?」
直純もドアの方を振り替える。
「わっ」
「わって、何よ。失礼ね」
出かけた時は肩まであったはずの円の髪が、ショートになっていた。
「失恋?」
「清」
横から声をかけた清澄にひくーい声を返した。
「円姉、ピアスあきまくっているからショートだと怖い。見ていて痛い」
「だから気を使って耳はあんまりださないようにしてるじゃない」
「いいんじゃない、似合ってる。勤務時間中に美容院行くのはどーかと思うけど」
沙耶はそういって笑うと、紅茶入れるね、と立ち上がった。
「どうしたの?」
隣に腰をおろした従姉を見る。
「別に。清澄、冷蔵庫に昨日作ったパイがあるから、切ってきて」
「はいはい」
清澄が立ち上がる。
「なにがあったわけ?」
「別にー」
「嘘ばっかり。急に髪の毛切ってくるなんてあのときみたいだ」
そういって、直純は笑う。それを横目でじろりと睨む。
「あんた、物覚えがよくていやな子ねー、知ってるけど」
「お互い様だろ?」
「あの時と一緒。気合いを入れ直したの」
ふんっと円は笑った。
「あんただって、さくっと龍一君に沙耶をとられたらいやでしょう? 今まで沙耶の事見てきたのは私たちなのに、ぽっと現れた他人が、いくらいい子でも、はいどうぞ、って沙耶から離れる気も譲る気もないの。子どもじみたヤキモチでも、対抗心でも」
直純は従姉の横顔を見つめ、
「ああ、そうだな」
ゆるり、と微笑んだ。
「私たちは調律師、よ」
前を見たままだった円は、直純に視線を移すと唇の端をあげる。
「紅茶はいったよー」
沙耶の声がする。
円は何事もなかったかのように、
「待ってたー」
沙耶の方に声をかける。子どものように椅子をかたかたと前後に動かす。
「手伝ってよ」
「はいはい」
仕方なさそうに立ち上がる。
それを見ながら、直純は無茶な従姉が以前気合いを入れ直した時の事を思い返して、唇を緩めた。
「調律師、ね 」