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雨の交差点で沙耶は、濡れるのも厭わずに傘を差さずに立っていた。黒いセーラー服が雨に濡れて重い。それでも、学校から家までは近いから、傘がなくても構わないと思っていた。
それに、雨は嫌いではない。全てを洗い流してくれる気がして、雨は、嫌いではない。
「大道寺さん」
そんなことを考えていたら、後ろから声をかけられて振り返る。濡れた髪の毛が額に張り付く感覚を鬱陶しいと思った。
「あなた、この間の」
「そう、階段から落ちたまぬけでーす!」
同じ学校の制服を着た男の子がおどけていった。
先日、階段から落ちた沙耶に駆け寄ろうとして、自分も滑り落ちた人。変わった人だから珍しく顔を覚えていた。
思わず沙耶のことを巫女姫様、と呼んだ彼が自分にとって大切な存在になるとは、その時知る由もなかった。そう考えて沙耶は、これは夢だと気がついた。
「何?」
「その、傘ないなら送っていこうかと思って」
「結構です」
「ええっと」
降りかかる雨が自分にかからなくなる。見上げると、彼の傘がそこにあった。
「あなたって物好きなフェミニストね」
思わず呟く。
「送ってくって」
「結構です」
「遠慮しないで。ええっと、おうちどこ?」
目の前のマンションを見る。そこが自宅だ。
「大道寺さーん」
情けない声で呼びかけられる。
「……あなた、名前は?」
彼はへにゃっと笑った。
「賢治。堂本賢治」
「……そう」
信号が変わった。ゆっくりと歩き出す。それにあわせて彼も歩く。
「あなた、どうしてあたしに構うの?」
「んー、惚れたから!」
あっけらかんと言うその人を変った人だと思った。まったく、こんな人間のどこがいいのだろう。
「……送ってもらえるならばお願いします。とはいっても、すぐそこだけど」
そういって、目の前のマンションを指差す。彼の間の抜けた顔が面白かった。
マンションのエントランスまで送ってもらい、
「ありがとう。堂本君」
そう告げて別れた。
「どういたしまして」
彼はゆっくりと微笑んだ。
こんな夢を見るのは、きっと、あの依頼人のお礼の言葉が原因だろう。そう思った。
あの顔は、とても彼に似ている。