表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
調律師  作者: 小高まあな
第五章 ぶざまな彼ら
69/157

2−5−1

 一海円は朝に弱い。

 枕元で流行の洋楽を鳴らすケータイを左手を伸ばして捉える。

「五月蝿い……」

 そのまま目を閉じたくなるのを耐えながら、のっそりと体を起こす。

「……あー、起きなきゃ」

 呟くものの、抱えた膝に頭をのせる。

 枕元で目覚ましがなるのを、はたいてとめた。

 壁にもたれかかると、ケータイを開く。朝早くからメールしてくる不届き者は誰だ。

「……あ、龍一君」

 意外な人物に、頭が少し覚醒する。

 本文に目を通し終わった頃には、彼女には珍しく意識がはっきりしていた。

 壁から体を離し、アドレス帳を呼び出した。


 母の墓前に庭からとってきたハナミズキの花を供えた。龍一からのメールを見たら、どうしても母に会いたくなった。

 ここにはいないけど。

 いない方がいいことは分かっているけれども、せっかく幽霊を見える目を持っているのに、母は現れてくれない。

 居たらどうしていたのだろう、と考えて少し笑った。

「円」

 後ろからかけられた声に振り返る。

「直次叔父様」

 従弟の父親は、従弟に少しだけ似た目元を細め、

「久しぶりだな」

 少しだけ笑った。


 今日はあたたかいから、と近くの公園のベンチに座る。

 まぶしい日差しに眉をひそめる。

「どこか店に入ってもいいんだが」

「ううん。仕事抜け出してきたから、すぐ戻らなきゃ」

「そうか」

「呼び出したのは私なのに、ごめんなさい」

 それで、と直次は腕を組む。

「仕事を抜け出してきたのに、わざわざ話したいこととは?」

「うん、あの」

 ずっと、気になっていた事だった。

 龍一に昔話をしたときに、改めて思った。

「やっぱり直純があとを継いだ方がよかったんじゃないかと思って。お爺さまたちは皆、直純にあとを継いでもらいたがっているでしょう?」

「隠居した爺様どものいうことなんて、相手にしなければいいのに」

 直次は考えすぎる姪の頭を子どものときのように撫でた。

「直純は宗主には向いていない。あいつは、裏方の参謀タイプだ。考えすぎてすぐに動けない、周りをひっぱっていく力はない。爺様どもには人気があるが、円、若い衆は皆お前の方が好いているぞ? これからは若者の時代だしな」

「……そうかしら?」

「お前がもし本当に宗主に向いていないとしたならば、爺様どもは全力で直純を跡継ぎにしただろうし、そもそもお前の父親が許さなかっただろうよ。あいつはそういうところで公私混同するやつじゃないから」

 そういって自分の兄の姿を思い浮かべた。

「でも、」

 言いかけた円を

「今更何を迷う」

 強い語気で遮る。

「頭が迷ったら一体何を信じてついていけばいいんだ」

「だって、」

 だって、だって、だって。あのときからずっと、胸の内でくすぶっていた言葉。

「だって私は、沙耶だって救えないのに!」

 たった一人すら救えないのに、一体何を守れるというんだろう?

「救っただろう?」

 叔父は意外そうに眉をあげた。

「少なくとも、あのとき。怯えている沙耶ちゃんを救ったのは、円だろう?」

「でも、あれは直の方が」

 直純の方が、優しく接していた。自分はどう扱ったらいいかわからなくて、おろおろするだけだった。

「最初はな。円は黙ってると顔、怖いから」

 義姉さんに似てるな、と笑う。

「でも、その後は沙耶ちゃん、円にべったりだったろう?」

 思い返してみろ、とあごをしゃくる。

「何か困ったことがあったとき、相談するのは円だったろう? 直純じゃない。確かに、あいつは人当たりいいし、多分、初対面でなら円よりもあいつの方が話しかけやすい」

「だったら、」

「初対面じゃないだろ、一海の人間は。お前の内面を知ってるだろうが。あんまりぐだぐだ言うと、沙耶ちゃんや兄さんや直純に言うぞ」

「それはやめてっ」

 悲鳴のような声がでて、慌てて自分の口を塞ぐ。

 格好付けているわけじゃないが、こんなところで弱いところは見せられない。恥ずかしい。

 こういった面で弱音を吐けるのは、叔父という微妙に遠い立場にいるこの人だけだ。

 にやり、と直次は笑った。

「お前は自分で思っているより、慕われているよ、円。もっと自信を持て。一海の女王様」

「……叔父様」

「啓之とか、その典型例だろ。あいつはお前に救われた」

 ん、と頷いた。頷いて、目を閉じて、よしっと立ち上がった。

「ありがとう、叔父様。すっきりした」

 迷っている暇なんてなかった。そんな時間は無駄だ。迷っている暇があったら、自分を成長させなければ。

「ならいい。しかし、珍しいな、円が弱気になるなんて」

 言われて肩をすくめる。

「高校生の方が私よりしっかりしているなー、と思って」

「ああ、あの沙耶ちゃんといい感じだとかいう」

「そうそう。彼、一般人なのに啓之と同じ方に行こうとしていて、叶わないって思ちゃった。私の方がずっとずっと沙耶のことを見てきたのに」

 張り合たりして子どもね、と笑う。

「よくわからないんだが」

 首を傾げる直次に、にやり、と笑ってみせた。

「とっても素敵な王子様よ、彼」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ