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調律師  作者: 小高まあな
第四章 もう、人間じゃない?
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2−4−9

 家を辞した沙耶を送って行く。

「なんか、五月蝿くてごめんね」

「ううん、楽しかった」

 微笑む彼女の横顔をそっと見る。

 楽しかった、という割には表情が硬い。

「龍一は、愛されて育ったんだね」

 表情を変えないまま沙耶は言う。それはいつもの彼女の顔で、無理に微笑まれるよりは安心する。笑っている方が、好きだけど。

「あたしの名前の由来ね、」

「うん」

「3月8日生まれだから、38で沙耶。産まれたときからなげられていたんだね」

「そんなこと」

 ゆっくりと沙耶が首を横に振る。

「父は、男の子が欲しかったのよ。跡継ぎになるような。女の子じゃなくて、しかもこんな、化け物じゃなくて」

「沙耶っ!」

 咄嗟に出た大声に、沙耶が驚いたように足を止める。

「ごめん、でも」

 一度息を整えてから

「自分を化け物とか、言うなよ。悲しくなるだろ」

 沙耶は視線を龍一から逸らす。

「それに、円さん達だって聞いたら怒るよ」

 沈黙。

 龍一は黙って沙耶の横顔を見つめる。

「……、うん、ごめん」

 沙耶は視線を龍一に向けると、一度頷いた。

「今日はありがとう。みなさんにもよろしく言っておいて」

 そうして沙耶は、笑みを浮かべて早口で告げる。

「ここで大丈夫。もう遅いし、明日も学校だから龍一は帰って。気をつけてね」

 それじゃあね。と微笑んで片手をあげる。

「え」

 この空気のまま別れるなんて、出来ない。何か言わなくては。何か、何か、何か。

「待って」

 歩き出したその手を慌ててつかむ。驚いたように振り返った顔は、すぐに笑顔を浮かべた。

 こんな時に笑うなんて、彼女らしくない。

「どうしたの?」

 そっと振りほどくように片手を動かされて、おとなしく離す。

「誕生日、」

 一度息を吸って、勢い良く、

「誕生日、何がいい?」

「え?」

「忘れないから、絶対。三月八日、覚えた」

 出来るだけ微笑んでそういうと、彼女は少し目を細めた。

「ありがとう。龍一は、いつ?」

「二月十四日」

 あれ、っと沙耶の丸くて黒い瞳がさらに丸くなる。その顔が可愛らしくて、くすりと笑う。

「バレンタイン?」

「そう、誕生日プレゼントは義理チョコなんだ、いつも」

「じゃあ、チョコ以外の物を用意しておくね」

 本当の意味で楽しそうに笑うと、それじゃあね、と再び沙耶は歩き出した。

 今度はひきとめずに、その後ろ姿を見送る。

「チョコでも、いいんだけどな」

 義理じゃなければ。そんなことを思う自分に呆れる。次の誕生日まで、彼女の近くにいられれば、それで構わない。

 沙耶が角を曲がって、その背中が見えなくなるまで、龍一はその場で見送り続けた。

 沙耶は、振り返らなかった。


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