2−4−7
「龍」
階段下に腰掛けていると、後ろから声をかけられた。
「待たせた」
「沙耶に変な事を吹き込んでないよな」
睨みつける。
雅は何故か楽しそうに笑った。
「あの人を、不幸にするなよ」
何故かとても上から目線で言ってのけると、すたすたと階段を下りて行く。
相変わらず、自己中で意味のわからない姉の後ろ姿をみてため息を一つ。自室に戻るために立ち上がった。
「沙耶、ごめん、雅がー」
言いながら龍一はドアをあけて、
「沙耶?」
一瞬、息を飲んだ。
「ああ、ごめんね、懐かしくて」
言いながら沙耶が見ていたのは数学3Cの問題集。
「数学、好きだったから」
「それ、机の上にだしっぱなしだった、りした?」
「うん?」
首を傾げられて、いや、全然いいんだけど、とごまかした。全部しまったはずなのに。
「懐かしいなー」
「沙耶、雅なんの話だったの?」
沙耶は顔をあげ、
「内緒」
悪戯っぽく笑った。
「内緒って。どうせ俺の悪口だろ?」
「それは違うわ。いい、お姉さんね」
微笑む。
「……いいお姉さん?」
「円姉に似ている」
「横暴で傍若無人なところ?」
「だからこそ、優しいところ」
ぱたり、と問題集を膝の上で閉じる。
「とっても、優しい人ね」
思わず首を傾げる。
それを見て、沙耶はくすりとわらった。
「これ、ありがとう」
そのまま膝の上の問題集を机の上に置こうとし、
「あれ?」
龍一を振り返る。
「でも、数3Cって龍一確か文系じゃ……?」
「龍ちゃーん!」
沙耶の言葉を母の能天気な声が遮った。
「ごはんできたわよー!」
「わかったー」
階下から響く声に、ドアを開けて返事をする。
「なんか、落ち着きなくてごめんね」
「ううん」
沙耶は椅子から立ち上がり、スカートの裾を揃えながら
「楽しい」
端的に答えた。
部屋をでて、ドアを閉めながら小さく龍一は息を吐いた。
たまにはタイミングのいいことをするのだ、うちの母親は。