表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
調律師  作者: 小高まあな
第四章 もう、人間じゃない?
64/157

2−4−5

 それじゃあ、と沙耶を連れて事務所を辞する。

 気をつけてね、と円が含みのある笑顔で手を振ってきた。どういう意味だ。

「沙耶、本当にいいの?」

 歩きながら尋ねる。今ならまだ、平気だ。

「だって、せっかくご招待されたんだし」

 言ってから、あっ、と口元に手をやる。

「龍一、あたしのことご家族にはなんて説明しているの?」

「え、前沙耶が言っていた、文化祭で出会ったっていう……」

「ああ、そう。どうしよう、大丈夫かな」

「何が?」

「龍一のお母様とは一回お会いしているのよ、ほら、病院で」

 ああ、と思い出す。

 一番最初、沙耶に出会ったきっかけ。龍一がこっくりさんに憑かれたとき。

「大丈夫だと、思うよ。うちの母親は、その、なんていうか、ぬけてるから」

 一度しか会ってない他人の顔を覚えているわけがない。

「そう? まあ、そうね、お母様、あのとき龍一の事で精一杯だったみたいだし」

 言ってゆっくり微笑んだ。

「大事にしなさいね?」

 それは年長者が年下にする笑みで。実際その通りなのだが、すこぅし胸が痛んだ。

「ん」

 適当に相槌を打った。


「ただいまー」

 と、ドアをあけると

「おかえり」

 ドアの前で姉が仁王立ちしていた。

「雅……」

 言いたい事はたくさんあったが、脱力して名前だけ呼ぶ。

 何も、ここにいなくても……。

「こんばんは、大道寺沙耶です」

 後ろの沙耶がにこやかに微笑みながら会釈する。

「急にお邪魔してしまって、申し訳ありません」

「こちらこそ、急にお呼びだてしてしまって」

 雅も微笑んだ。

 十七年間、彼女の弟をやってきたが、初めて見る顔だった。大人の女の人、の顔。

 なんとなく居心地が悪い。

「あがって」

 靴を脱ぎながら、沙耶を急かす。

「お邪魔します」

 もう一度沙耶は頭を下げる。

 きちんと靴を揃えて、微笑む彼女は、そういえばいいところのお嬢様だった、ということを龍一に思いださせた。

 完全によそ行きの顔をしている。

「あらあら、ごめんなさいねー」

 ぱたぱたと走りながら母親が、台所から現れる。エプロンで手を拭きながら。我が家はスーパー庶民だ。

「こんばんは。大道寺沙耶です。本日はお招き頂いてありがとうございます」

 微笑む。

「あらあら、綺麗なお嬢さんねー。うふふ、龍ちゃんには勿体ないわねー」

「母さん!」

 抜けている抜けているとは、思っていたけど、まさか此処までとは。雅は雅でなんか偉そうだし。

「龍一さんにはいつもお世話になっています」

「ごめんなさいねー、うちの子が迷惑かけて」

 今ひとつ噛み合ない会話な気がして龍一はため息をついた。やっぱり、馬鹿正直に沙耶の事を誘わないで、この話を握りつぶすべきだった。

「お夕飯、もうすぐできるから待っててね。龍ちゃんのお部屋でいいかしらねー」

 そしてそこでナチュラルに息子の部屋を出すな。すたすたと母親は、階段に向かって歩き出す。

「ありがとうございます。あ、これよかったら皆さんでどうぞ」

 言いながら沙耶は、先ほど駅で買ったロールケーキを差し出す。

「お口に合うといいんですけど」

「あらあら、わざわざありがとうございます。ご丁寧にねー」

 受け取ってそのまま階段を上ろうとする母親をとめ、

「いや、母さんは料理しなよ、ね?」

「あらそうー?」

 残念そうに言いながら、母親は台所に引き換えす。夕飯出来るまで待っててねー、ってあんたが夕飯を作るんだぞ?

 ため息。

「紅茶と珈琲、どちらがいいですか?」

 成り行きを見守っていた雅がいう。

「ありがとうございます、紅茶でお願いします」

 沙耶は微笑んだまま告げる。雅は一つ頷くと、台所に向かう。

 その背中を見送ると、沙耶はくすり、と笑った。楽しそうに。

「素敵なご家族ね」

 龍一に言う。素敵?

「いや、うん、まあ」

 恥ずかしくてしょうがない。言葉を濁しながら、こっちと二階の自室へと案内する。

 そうしながら、部屋の状況を思い起こす。ええっと、見られてまずいものとかおいてない、よな?

 脳内トレース終了後、大丈夫だろう、という結論に達し、

「ここ」

 言いながら部屋のドアをあけ、慌ててしめた。

「ちょ、ごめん、散らかって、ええっとちょっとまってて!」

 勢い良くそれだけいうと慌てて部屋の中に入る。

 机の上におきっぱなしだった本を手にとると、どこにしまうか悩み、定番だがベッドの下に押し込んだ。

「ごめん、どうぞ?」

 再びドアをあけると、楽しそうに笑った沙耶がいた。そんなに楽しそうな顔をしてもらえるなら、こっちも嬉しいんだけど。

「どうぞ」

 勉強机の椅子を明渡し、自分は床に座る。

「ありがと」

 言いながら沙耶は部屋をくるり、と見回し

「綺麗にしてるじゃない」

「ん、」

 沈黙。

 この状況下って、あんまり健全じゃないよなー、等と思ってしまう自分の脳内が恨めしい。

「あの、」

 何か話しかけようとした時、

 どんっ!

「龍一、開けろ」

 雅の声がする。その前のどん、という音はきっと、ノックではなく扉を蹴った音だ。

 ドアを開けると、二つのティーカップを載せたトレーを抱えた雅がそこに立っていた。

「ごくろう」

 何故か偉そうに言う。

 そうして、沙耶に笑いかけ

「どうぞ」

 勉強机の上に紅茶を置いた。

「ありがとうございます」

「いいえ。龍一」

「ん?」

「母さんが呼んでた、行って来い」

「はぁ?」

 雅は持ってきた紅茶のもう一つは自分で飲みながら、

「いいから。十分ぐらい戻ってくるな」

 言うと乱暴に龍一を閉め出し、あまつさえ、ドアに鍵をかけた。

「え、ちょっと!」

 龍一はドアを叩く。返答はない。

「あー、もう! 沙耶、ごめん!」

 怒鳴るようにして部屋の中にいうと、素直に階下に降りて行った。

 母親のところにいっても、どうせ、「どうしたの?」と言われるだろうと分かっていながら。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ