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「おはよう、榊原君」
ハートマークがたくさんついた声で話しかけられ、龍一はもう一度ため息をついた。
何も、下駄箱の前で捕まらなくても、どうせ席隣なのに。
「おはようございます、西園寺さん」
「やん、杏子って呼んで」
誰が呼ぶか。
『おー、今朝もモテモテだなー、少年』
どこから現れたのか、ちぃちゃんがにやにや笑う。それを睨みつけた。
『おお、怖っ』
言葉と顔が一致していない。
隣で杏子はマシンガントークを続ける。
ため息。
昨日の翔ではないが、こんなことをしていては沙耶に認めてもらうとか、追いつくとか、そういうことは出来ない気がする。ただでさえ、年齢っていう差があるのに。
「おはよう」
教室に入ると、本を読んでいた翔が、何故か仏頂面で言った。その仏頂面が昨日の気まずさを隠そうとするものだと思うと、少し笑えた。
「おはよう」
「ふーん、争うのはやめたの?」
後ろから声をかけられる。
「あ、こずちゃん、おはよー!」
隣で杏子が高い声をあげる。
「争いって」
振り返ると、海藤こずもが何故か挑むようにこちらを見ていた。
「てっきり仲が悪いのかと思ってた」
唇を小さく歪め、それだけ言うとこずもは自席へ向かう。
なんか、嫌われている気がする。彼女の親友に対して冷たい態度をとっているからだろうか、と、相変わらず隣ではしゃいでいる杏子を見る。
目が合った。
ものすごく嬉しそうな顔をされた。
慌てて視線をそらすと、自分の席につく。席についたところで、隣には杏子がいるのだけれども。
隣で一生懸命話しかけてくる杏子の話に、かなり適当な相槌をうちつつ、ケータイを取り出す。
本日最大の懸案事項。
メール作成画面を出す。宛先選択、大道寺沙耶。件名は、とりあえず「おはようございます」とかで。
何て打とうか悩んで、打ったり消したり。
「榊原君、誰にメール?」
「ちょっと」
ここで嘘でもカノジョ、とか言えたらこの状況は変わるのか、と一瞬思う。でも、それは彼女に失礼だ。
最終的に出来た文章は、「今晩、なんか予定ある?」になってしまった。なんか、ストレート過ぎる気もする。出来れば出張とかであればいいのに、円さんとかと食事でもいい。この際、ライバルであるところの一海直純とでも構わない。と思いながら、送信。
「ほれ、席付けー」
ちょうどいいタイミングで、担任が入ってくる。ケータイをポケットにしまう。
担任が教壇で今日の予定を説明する。新学期二日目は、まだ授業というような、授業はない。
「そうそう、進路希望調査表、配るから書けよー」
藁半紙が配られる。
「進路かー、榊原君はどうするの? どこ行くの? 何学部?」
杏子が隣で話しかけてくる。
その、紙を睨む。
進路。昨日、一晩考えた。
ボールペンをとると、迷う事なくその進路を書き込み、ついでに杏子に見られないように裏返した。
決めたから、もう、迷わない。