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調律師  作者: 小高まあな
第四章 もう、人間じゃない?
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2−4−1

 夢を、見た。

「あなた、だれ?」

 呟かれた、言葉。よく知っている唇が、紡ぐ言葉。

 世界が、揺らぐ。

 飛び起きるようにして、目が、醒める。

「くそったれ」

 見慣れた天井に向かって吐き捨てた。

 龍が、彼女を喰らうのだ。


「おはよう、龍ちゃん」

 一回のダイニングにおりて行くと、いつもの様に声をかけられる。

「龍一」

 母親の言葉をいつものように訂正する。

「もう、龍ちゃん、最近冷たいわね」

 反抗期? と首を傾げる母親。年の割に若々しくて、その分天然な母親を思い小さくため息をついた。

 名前でも、渾名でも、イヤなものは嫌なのだ。彼女を苦しめている存在が自分の名前に入っていることが。どうしようもないことだとわかっていても。

 ましてや、それだけを縮めて呼ばれるなんて。

 男の子だもんねー、なんて呟いている母親の背中にもう一度小さくため息をついてみせると、食卓の上にみそ汁に手を伸ばし、

「おはよう、龍」

「だから!」

 後ろからかけられた声に条件反射的に言葉を返して、

「なんで雅がここに?」

 目の前にいる、意外な人物に眉をあげた。

「信介さんが出張なんだ」

「旦那が出張のたびにかえってくんなよ」

 結婚して出て行ったはずの、それでも月1で会う姉に、もう一度ため息。今度こそ、食卓の朝食に向き直る。

「寂しいじゃないか」

 当たり前のように雅がいう。

「優がいるじゃないか」

「言葉もしゃべれない赤ん坊と二人でいて何が楽しい?」

「……母親だろ」

「全ての女性に母性があると思ったら、間違いだぞ、龍。優の事は可愛いが、それとこれとは別だ。私が育児ノイローゼになって優を虐待したら、大変じゃないか」

 よく分からない理論武装。昔から変わらないその物言いには、何をいても無駄だと龍一は悟っていた。

 そもそも、姉が結婚して何が嫌だったかって、高校生にして叔父になったことだ。確かに甥っ子の優は可愛いけど。

「それはそうと、龍」

 雅は勝手に、龍一の隣の席に腰を下ろす。

「お前、彼女が出来たそうじゃないか。それも年上の」

「彼女じゃないよ」

 自分で言って少しだけ自分に傷つく。

「でも、泊まりで旅行に行ったんだろう?」

「ばあちゃん家に、星を見に、な。母さん、雅に余計なこというなよ」

 文句を投げかけても母親はあらあら、だめだった? とのほほんと笑うばかり。

「騙されているんじゃないのか? 年上だし」

「雅だって、信介さん、10も年上じゃないか」

「それはそれ、これはこれ」

 あっさりと言われる。

「可愛い可愛い、弟が心配なんだ。というわけで、その人を今夜家につれてこい」

「は?」

 意味不明な言葉に飲んでいたみそ汁を吹き出しそうになる。

「なんだ、それ?」

「母さんとも話合ったんだが、どちらにしろ可愛い弟がお世話になっているんだ、一回ぐらい夕食に招待しても罰はあたらないだろう」

「いや、絶対、面白そうだと思ってるだろ!」

 声をあらげる。

 絶対無理だ、何をバカなことを言っているのか、付き合ってもいない人間に急に家族で夕飯をどうぞ、と言われて誰が来るか、付き合っていたって高すぎる壁だろう。

「まぁ、任せろ」

 雅は龍一の肩に片手をおくと、胸をはった。その笑顔に騙された事、数知れず。

「いや、絶対、いやだからな!」

 龍一の声を遮るように、赤ん坊の泣き声。

「ああ、龍が五月蝿いから優が起きちゃったじゃないか」

 そんなことをいいながら、まだ文句を言う弟を残して雅は奥の部屋にひっこむ。

「いや、無理だろ」

 目の前の焼き鮭を睨みながら呟いた。

 でも、無理でもなんでもとりあえず沙耶をつれてこないことには、ろくなことにならないのは目に見えていた。連れてきてもろくなことにならないような気がするけど。

「そうそう、優ちゃん大分おおきくなったのよー。あとで龍ちゃんと一緒に写真撮りましょうねー」

 ずれたことをのほほんと言う母親。そのくせ、

「そうそう、彼女さんが苦手な食べ物があったら言ってねー」

 などという。

 ため息を一つついた。


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