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調律師  作者: 小高まあな
第三章 宗教風の恋
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2−3−6

 それじゃあ、とそそくさと事務所を辞したあと、二人は近くのファーストフードで向かい合っていた。

「あー、単刀直入に聞くけど」

 しばらくの沈黙のあと、龍一は口を開き

「ぶっちゃけ、巽が言う“彼女”っていうのは、もしかして、円さん?」

 いまいち歯切れの悪い言葉で言うと、正面の翔は頷いた。

「あー、そう」

「そっちは、沙耶さん」

「まぁ、うん」

 そして、沈黙。

 別段どこにも敵対する理由がないことに気づき、二人は苦々しい笑みを曖昧に浮かべた。朝のあのやりとりは一体なんだったのだろうか。

「その、ごめん、朝は」

 途方にくれて、とりあえず龍一は朝の非礼を詫びた。

「いや、けしかけたのはこっちだから」

 同じように翔も謝る。

「いや、でも、そっか。円さん、か」

 完璧予想していなかった解答。龍一の価値観では年上過ぎる。沙耶だって、沙耶じゃなかったら正直ギリアウトだ。

「なんでまた……。やっぱり仕事絡みとかで?」

「巽のおぼっちゃま」

「ん?」

「あの人は巽のおぼっちゃま、って人の事を呼ぶんだ。こっちは一応巽の跡取りのつもりで、その自負もあるのに」

 そう、飄々としていて何を考えているのかわからない。でも、別に馬鹿にしているわけでも見下しているわけでもなく、ただの渾名として彼女は呼ぶ、巽のおぼっちゃま。

「一年のとき、クラスメイトが物の怪を飼っていたことがある」

「飼っていた?」

「あまり、害のなさそうな小さいピンクのまるっこい物の怪だ。害のなさそうっていったって、物の怪は物の怪だろう?」

 龍一は首を傾げる。

「だから、祓おうとした。それでもめたんだよ、クラスメイトと」

 こんなに小さい子なのに、なんてことするの! 悲鳴のように上げられた声が耳障りだった。

「あの人は、その現場にふらりとあらわれた。別件で近くまで来ていたらしいんだが」

 いつものようにどこかやる気なさそうな顔で、彼女は声をかけてきた。

「あら、巽のおぼっちゃま。相変わらず無駄に冷静なことやっているのね、楽しい?」

 ため息を一つ。

「あの、別になんの感慨もこめない声で言われたんだよ。楽しい? って楽しい訳ないだろうに」

「……俺、今どうして巽が円さんのこと好きなのか、っていう話を聞いてると思ってたんだけど、違うのか?」

「好きだなんて言ってないだろう」

 不思議そうな顔をして翔は、アイスコーヒーをすする。

「え?」

 話が噛み合ない。

「さっき沙耶さんにも言われたけどな。いや、好きじゃないのか? って聞かれたらそれも違うんだけど、恋愛感情なんていうものが自分にあるとは到底思えないし、そもそも一海と巽の関係を考えたら叶う筈もない」

「仲悪いんだ?」

「よくはないな。お互い、跡取りだし」

「ああ、なるほど」

「ただ」

 気に入らなかったのか、顔をしかめるとブラックのアイスコーヒーにミルクとガムシロを足す。

「認めさせたい」

 真っ黒に白が混ざっていくのを見つめながら、

「巽のおぼっちゃま、なんて言わせない。一海のやり方は確かに一つのやり方ではあるのかもしれない、けれども巽のやり方を否定はさせない。だから、多分」

 クリーム色になったコーヒーを一口、

「認めてもらいたいんだ、あの人に」

 ゆっくりと、微笑む。

「それが恋愛感情なのかは、僕は知らない。ただ、正直円さんが榊原のことを見所がある、とか、面白い子、だとか、楽しそうに話しているのがなんていうか、そう、むかついたんだ」

「ああ、だから今朝の……」

「そう、僕が認めて欲しい人なのに、と思って。まあ、うん、本当に悪い」

「それは、俺も悪いし……」

 少し首を傾げて、甘くなったコーヒーを飲む翔を見る。

 巽翔の言うように、確かにそれが恋愛感情なのか龍一にはわからなかった。でも、あんなに怒っていた事がヤキモチだけだったとは思えない。足手まといになる、と言われたのはそれでは説明がつかない、そんな気がした。

 小さく微笑むと、コーラを飲む。

 なかなかに面白いクラスメイトのようだ。

 思っている事が顔に出ていたのか、そのクラスメイトは不愉快そうな顔をした。それがおかしくてさらに口元が緩み、

「巽」

 ふっと思い出してクラスメイトの名前を呼ぶ。

「なんだ?」

「あ、いや」

 少しためらった後、、目の前のクラスメイトに問う。彼は、そちら側の人間だから。

「沙耶の、龍は……、どうにもならないのか?」

 率直な質問に、巽翔は彼にしては珍しく、一度龍一から視線をそらした。

「僕は、一海の人間じゃないから詳しい事は聞かされていないんだが……、祓ってしまうことは無理らしい」

 龍一をまっすぐに見据える。

「ただ、円さんが言っていたんだけれども、もっと別な分野と、例えば医学的な方面と協力して動けるようになったら事態は変わるかもしれない」

「医学?」

 おおよそ似つかわしくない単語に小さく呟く。

「ああ、今の僕たちは祓いに特化してしまって、生活に僕らの力が馴染んでいない。円さんの調律師、という言い分ならわかりやすいかな。共存を目指していないんだ、今は」

「もし、医学の分野とうまく組み合わせる事ができたら、沙耶の龍もどうにかすることが、できる?」

「可能性はある」

「そっか」

 龍一は小さく呟いた。

「まぁ、だから、今は無理だけれども、これから先はどうなるかわからない。いい方法が見つかるかもしれない。だから、あんまり重く考えすぎるな」

 出来るだけ明るい調子で翔は言った。龍一はその心遣いに小さく笑い、

「そっか」

 と目の前のコーラを睨みながらもう一度呟いた。


「榊原は、駅?」

 店を出たところで翔が尋ねる。

「ん。でも、今日はちょっと本屋に寄りたいから」

「ああ、そっか。じゃあ、ここで」

 一緒に行こうか、などとは当然言わないドライな性格の翔は右手を軽く挙げた。

「ああ。また明日」

 龍一もそれに習う。それっきり二人背を向けて歩き出す。

 数歩歩いたところで、龍一は振り返る。

「巽」

 ゆっくりと翔が振り返る。

「言い忘れた。これから宜しく」

 翔は一瞬眼を見開くと、小さく笑った。

「こちらこそ」

 そうしてもう一度手を振ると、今度こそお互いに自分の進む道へ歩き出した。


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