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あんなに仲良くなっていて、本当に祓えるのだろうか、というのが翔の常日頃からの疑問だった。
今日も五月蝿かったし、聞いてみよう、と軽い気持ちで思っていた。だから、
「あの、聞いていいのかわかりませんけど。沙耶さん、約束、覚えていますか?」
瞬間、沙耶の表情が凍り付いた。足が止まる。
すぅっと息を吸い込んだところで、動きが止まる。
すぐに失態を悟る。忘れるや覚えている、は大道寺沙耶には禁句なことぐらい、翔でも知っていた。
彼女に憑いている龍は、大人しくする代わりに彼女の記憶を喰らう。
彼女が人一倍、忘れることを怖がっているのは、知っていたのに。
唇を噛む。
「約束って、なんの?」
「あ、いや」
具体的な内容を告げて、彼女が覚えていたならばなんのことはない。それでも、万が一忘れていたら? 彼女の記憶が失われていたら?
どうやってフォローするか悩んで口を開き、
「あれ、沙耶ちゃん?」
かけられた声に振り向く。
グレーのスーツ姿の、長身の男性が立っていた。
「あ、……新堂さん」
一瞬のタイムラグのあと沙耶が微笑んだ。
「ん? 彼氏?」
隣の翔を指差して問う。
「いいえ。知り合いの息子さんです」
「ああ、そうなんだ。こんにちは」
微笑まれて、一応翔も頭を下げる。
「あ、沙耶ちゃんさ、ここだけの話、あの後、円、俺のことなんか言ってた?」
内緒話でもするかのように、男性は少し身を屈める。
「何かって?」
「いや、……親に紹介するって話、なんか立ち消えた気がして。うーん、俺って親に紹介出来ないような男?」
「そんな。ちょっと今、仕事が忙しいんですよ。それだけだと思いますよ」
沙耶が微笑む。そうかなー? と首を傾げる。
「まあ、いいや。うん、ありがとう。時間取らせてごめんね、それじゃ」
そういって片手をあげて去って行く。
その後ろ姿を見送って、沙耶は一度ため息。
「誰ですか?」
「円姉の今の彼氏」
ごめんね? と翔を見る。
「見えるんですか?」
ひょろり、とした後ろ姿を見ながら尋ねる。対象は勿論、幽霊などが。
「見えない、と思うけど」
「じゃあ、ダメじゃないですか。大体、あんな道ばたで軽々しく、話しかけてきて馴れ馴れしい。親に紹介するって、いつから付き合っているんですか? ちゃらちゃらして、円さんはあんなののどこがいいんですか?」
早口で言いきる。
沙耶は、翔の珍しい長い言葉に顔色をうかがうようにして、顔をのぞきこむ。顔にあるのは、いつもの冷静さではなく、少しの苛立ち。
ああ、そういうことか。と少し微笑む。
「翔くん、円姉のこと好きなの?」
さらっと聞かれ、巽翔は動きをとめ、そして
「なっ!」
一瞬にして真っ赤になった。
「納得」
にっこり、と沙耶が笑う。
「いや、何言っているんですか!」
噛み付く。
「え、違うの?」
心底不思議そうに首を傾げられる。
違うかと聞かれたら
「いや、違う訳じゃ……」
ないけれども、でも、と口元だけで呟く。
それをみて、楽しそうに沙耶は笑った。
「円姉は、家のことを考えて結婚しないの。出来ていないの。巽と一海で色々有るみたいだけど、翔君だったら言う事ないのにね」
そうして、せっかくだから事務所でお茶飲んで行けば? と沙耶は歩きだした。
慌ててその後追った。