2−3−3
実際、入学してすぐ、翔はちぃちゃんを祓おうとした。それでなくとも、悪戯好きのちぃちゃんは、決して人と共存できるとは思えなかった。
『うわっ、お前なんだよっ!?』
放課後、人気のなくなった校内で追いかける。悲鳴が上がる。
名乗る必要性は感じない。
ちぃちゃんが逃げ込んだのは図書室だった。
追いかける。追いつめる。
一番奥の棚、そこで半分体を本棚につっこみながら、ちぃちゃんはこちらを睨んできた。
『お前なんだよ? 新入生?』
答える必要はないと、思った。
黙って手を伸ばし、祓おうとする。
ちぃちゃんが頭まで本棚の中にはいる。そんなことをしても無駄だと思った。嘲笑う。
けれども、失敗したのは翔の方だった。
祓おうとした瞬間、本棚から出てきた何かにはじかれる。
「わっ」
後ろに数歩、押される。
本棚の周りに、結界?
『うわー、危ねー』
本棚から少しだけ顔をだし、ちぃちゃんが呟く。
『お前、なんなんだよ』
「お前こそなんだ、これは」
結界に守られる学校の幽霊? 意味がわからない。
『人の質問に答えろよな、むっつりめ』
警戒しながらちぃちゃんが答える。
『お前、一海って知ってるか?』
「ああ」
『そこの、沙耶のねーちゃんは?』
「……知っているが?」
『沙耶のねーちゃんがつくってくれたんだよ、お前みたいなのから身を守るために』
相変わらず、無駄な事ばかりしているのだな、あの人たちは。というのが、翔の感想だった。
ただ、一海が関わっている以上、勝手なことは出来ない、と思った。家同士の争いに万が一発展してしまっては困る。
「なんのために?」
『おれがいい奴だからさ!』
思いっきり不愉快な顔をする。
『冗談だよ』
ため息。
幽霊にため息をつかれるなんて心外だ。
『あのさ、お前俺が誰かに害悪を加えるっていうの、気にしてるだろう? まあ、確かに俺は色々やるけど、あくまでも悪戯程度であってだな。それで俺の存在を否定される程のこともないだろう』
「あの人たちなら言いそうなことだな。共存、か」
鼻で笑う。
『お前、いけすかないなー。気にすんなよ、どっちにしろ約束してるんだから』
そうして、本棚から体全体を出すと、幼い顔に似合わない、諦観したような笑みを浮かべて幽霊は告げた。
『俺が万が一、人に怪我を負わせたり、殺したりしたら、沙耶のねーちゃんが祓ってくれる約束になってるんだからさ』
だから、と幽霊は笑っていた。
『俺の存在を否定していいのは、沙耶のねーちゃんだけなんだ』
一体、どこでそんな信頼関係を得たのか。
翔には全くわからなかった。それでも、今日まで見逃してきた。
ちぃちゃんは、今日も相変わらず夜中に黒板におどろどろしい落書きをするとか、ドアに黒板消しを挟むとか、人体模型を動かしてみるとか、そういう悪戯をしている。それでも、誰も怪我をしたり、ましてや死んだりしていない。
だから、今日まで見逃していた。