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「そんな感じよ」
小さな小さな昔話を語り終え、円はストレッチをするように腕を伸ばしながら龍一に告げた。
「……そう、ですか」
以前、うっすらと聞いた話。事態は龍一が思っていたよりも、重くて大きいものだった。
実の親に化け物、だ、なんて。
なんだか勝手に泣きそうになった自分の目元を、慌てて片手で押さえる。泣く、だなんてそんなこと、卑怯で出来なかった。かわいそうだ、なんて哀れむのは自分が高見にいるようなものだ、と思えた。
同情ではない、憐れみではない。
それでも今、彼女に会いたかった。会って、何が出来るかはわからなくても。
つまりそれは、
「そうですか」
もう一度、小さい声で呟く。
つまりそれは、やっぱり自分は大道寺沙耶という人間を心の底から愛しく思っているということだろう。
「お茶でもいれるね」
そんな龍一の様子に気づいていないはずはないのに、円はいつものように軽い調子でいうと席をたった。
その背中を見送りながら、少しだけいるかわからない神様に感謝した。
円と直純が沙耶の傍にいたことに。優しい姉と兄が彼女をここまで守ってきたことに。