2−2−14
「お帰り、円。いや、次期宗主というべきかな?」
玄関を開けた円を迎えたのは、父親のそんな言葉だった。
「父様、耄碌するには早すぎるわよ?」
沙耶を玄関に招き入れながらそう言う。
次期宗主だなんて、だってさっき諦めたばかりなのに。どう考えても直純の方が向いている。
「いや、今さっき正式に決定した」
「は?」
慌てて父親の顔を見る。そうして、その隣の従弟と叔父の顔も見た。二人も、うんうん、と頷いている。
「何それ、聞いてないんだけど?」
「急な話だったからな。直純とどっちがなるか、っていう話だっただろう? さっき、今回の件を片付けた方が宗主、っていうことにしようという話になった」
「なんで!? 大体、そんなこと爺様達が許すわけ……」
「会議にはかけたよ」
そうして一海の宗主は飄々と笑った。
「今回の件は冷静な思考、行動力、まあその他いろいろ試されるからちょうどいいんじゃないかってことになってな」
「でも、俺はちょっと別件で手が離せなかったんだけど」
にやり、と直純が笑う。
「父様達、みんな、グルになって爺様達を騙したの!? 直、あんた、確かにやりたくないって言ってたけどだからって、こんな……」
めまいがする。
「そんなの、爺様達があとで難癖つけてくるに決まっているじゃない」
「知らん」
宗主は言い放ち、
「それは今後のお前次第だよ、円」
優しく笑った。
円があきれた、と呟いた。そうして自分の右手を小さく引く感触に気づく。視線を向けると、小さな小さな妹が不思議そうに首を傾げていた。
「父様達、私に一海の一番偉い人になれ、だって」
簡潔にそうやって説明する。
「……すごい」
沙耶が小さく呟く。
「すごくはないでしょ」
もう一度ため息。
今さっき、諦めたのに、手放したのに。自分よりも直純が向いていると思うのに。それでも、彼らは自分にならできると思ってくれているのだろうか? 爺様達をも納得させられると?
もし、そう思ってもらえているのならば、
「あのね、父様、叔父様、直純」
円は、狸どもの名を順番に呼ぶ。
そうして、腰まである長い髪を左手で払うと、彼らを睨みつけるようにして告げた。
睨まれながらも三匹の狸は似たような笑みを浮かべていた。
「選んだからには、きちんと私と心中しなさいよ」
「もちろん」
その場を代表して、直純が微笑みながら答えた。
「ま、後悔は、絶対にさせないけどね」
いつもの不敵な笑みを浮かべ、不思議そうな顔をする出来たばかりの小さな妹の頭を撫でた。