2−2−13
幽霊屋敷から転げるようにして出ると、近くの公園まで円は何も言わずに沙耶の手を引いて歩く。
「あの……」
小さく声をかけても振り返らない。化け物だから?
公園のベンチまで来ると、円は沙耶をそこに座らせた。自分は沙耶の向かいにしゃがみ込む。目線を合わせる。従弟がよくそうするように。
怯えた顔をしたままの沙耶に向かって、出来るだけ上手く微笑もうとする。出来るだけ、優しく。
よく大人達と対応するときに浮かべる、感情を隠すためではない笑みを。
「沙耶」
手を伸ばすと彼女はびくっと身体を堅くした。
殴ったり叩いたり拒絶したりなんか、しないよ? 走っている間ずっと思っていた。
はやく、はやく、沙耶に会って、抱きしめてあげたい。
ぎゅっと、目の前の小さい小さい体を抱きしめる。
「あんたは化け物なんかじゃない。ただの大道寺沙耶っていう人間よ。こんな可愛い化け物なんていない。居る訳がない」
力加減が分からなくて、沙耶が小さく咳き込んで慌てて緩める。
「大道寺の娘でも、そうじゃなくても」
大道寺には返さない。だって、彼女は
「あんたは私の妹になるの」
そこまで言って円は体を離し、小さな小さな妹の方をみた。
「それでいいじゃない」
微笑む。努力しなくても、微笑めた。
一拍の間のあと、
「……ふぇ」
沙耶の黒くて丸い瞳にどんどん溜まった水が、溢れ出る。声を押し殺すようにして泣く、妹の頭を円は優しく撫でた。
「泣きたいなら、ちゃんと泣きなさい?」
姉の言葉に、沙耶は彼女にしがみつくと、声をあげて泣き出した。
その背中をゆっくりと撫でる。
「ありがとぉ」
承認された。認められた。本当はそれが欲しかった。ただ、ここに居ていいと、言って欲しかった。
かすれた声で呟かれた言葉に、円は笑って返した。
「こちらこそ」
ぎゅっともう一度抱きしめる。
沙耶が来て、自分に足りない能力がわかった。それは要らないと思っていたものだった。でもやっぱり欲しい。優しさとか、そういったもの。
「ありがとう、うちに来てくれて」
聞こえないぐらいの声で呟いた。
宗主になれないのならば意味がないと思っていた。それでも、直純にその座をあけわたして、自分はこの小さな妹を守りながら、直純の補佐でもいいと、素直に思えた。