2−2−12
沙耶がその場所を選んだのは、学校で噂になっていたからだ。
大きめのマンション。なのに今は誰も住んでいない。出来たばかりだったのに。
そこは幽霊屋敷と噂されていて、肝試しの場所として使われていた。お化けをみた、という話をよく聞いた。
お似合いだ。自分には。
誰もいない、化け物屋敷。
鼻をすすりながらエレベーターのボタンを押した。電気がなくて薄暗い。エレベーターが下に降りてくる。
とりあえず、一番上まで行こうと思った。乗り込んで最上階の12階のボタンを押す。
文字盤を睨む。
化け物は、いるのだろうか? 居たら、あたしはこちらの仲間になるのだろうか?
文字盤が階数を表示していく。10、11、12。沙耶は一歩前に足を踏み出した。扉が開くと、思った。
けれども、扉は開かない。エレベーターは止まらない。
首を傾げてボタンを見る。12階までしか、確かに存在しなかった。
踏み出した足を再び後ろに戻す。
13階。そこで、エレベーターは停止する。
そして、ゆっくりとエレベーターのドアが開き、沙耶は視線を下に落とし、ひっとのどの奥で張り付くような悲鳴をあげた。思わず後ろへ下がる。背中が壁に当たる。
そこに”いた”のは、頭から直接手足がはえたような、子供が描くグロテスクな絵のような、明らかに人間ではないのに人間であると認めざるを得ないような”もの”で……、
そしてそれは、こちらをみてにやりと笑った。
その、妙な手足を使ってエレベーターの中へ入ってこようとする。
沙耶は無意識に首を横にふった。
視線をそれからはずせない。
あと数歩、にやりとそれは笑い……、
動きを止めた。
否、とめられた。
視線を、顔を、あげる。
「……まどかおねえちゃん」
札を片手に、額に汗を浮かべた円がきっと沙耶をにらみつけた。
「なにやってんのよ、あんた!」
ぐしゃり、
"それ”をなんの躊躇いもなく踏みつけると沙耶の右手を取った。怒鳴り声に沙耶は身をすくめる。
「ここは本物の幽霊屋敷なのよ!? もう、ばっかじゃないの!? あんたに何かあったら怒られるのは私なんだからね!?」
一方的にそう、まくし立てる。同時に黒いスニーカーで足元の“それ”をぐりぐりと踏みつける。
「あー、もう!!」
だんだん、と地団太を踏むと“それ”は砂になった。
「で、大丈夫なんでしょうね!?」
事態を理解できない沙耶は、円の怒鳴りつけるような言葉に何度か瞬きをしながら首をかしげる。
「だから! けがとかしてない!?」
「あ、はい」
こくこくと何度か頷くと、円は小さく息を吐いた。少しだけ、彼女が笑ったように見えた。
「帰るわよ」
そして円は、半ば強引に手を引いて走り出した。