2−2−10
化け物、化け物、化け物、化け物、化け物。そんなこと、わかっていた。
そんなこと、自分が一番よく知っていた。
知っていたけど、わかっていたけど。
沙耶は唇を噛んで、歩く。
父親が来ている。
円と直純が立ち去ったときに寂しくなって、不安になって、襖を小さくあけて外の音に聞き耳を立てていた。
そこで知った。父親が来ている。
会いたい、と思った。一海の人たちは皆いい人だったけれども、父に会いたいと思った。
だから、廊下を歩いて父を捜した。
すぐに見つかった。
怒鳴り声がしたからだ、父の。
「娘じゃない……」
呟く。
咄嗟に逃げ出した。あの家の中に居られなかった。
確かに自分は化け物だ。覚えている。割れた窓ガラス。血の色。なぎ倒される机と椅子。それからクラスメイトの悲鳴と。
そしてその中心でただ呆然と事態を見つめていた自分。
覚えている。分かっている。知っている。
自分からでた何かが、とんでもないことをしたのを。黒い影を。
化け物だ。
それでも、
「っ……」
腕で目元を拭う。泣く資格なんて持っていない。
それでも、化け物でも。
「パパ……」
信じて欲しかった。慰めて欲しかった。あんまり忙しくて会うことのない父親だったけれども、たまの休みに会った時のように、笑って迎えて欲しかった。抱きしめて大丈夫だよ、もう平気だよって言って欲しかった。
名前を、呼んで、欲しかった。
あんなやつ、ではなくて、名前を。
立ち止まるのが怖くて、ただ歩く。立ち止まったら何かに捕まる気がして、ただ。
滲んだ視界で前がよく見えない。
どこか、誰も見つからないところに。