2−2−1
庭のハナミズキは満開だった。
縁側に座り、円はそのハナミズキを睨んだ。入院中の母親の、好きな花だ。母がいなくてもいつも通り咲く、その花を僅かに恨めしく思う。
それでも母が元気になるならば、写真でもとって持って行くべきだろうか、と悩む。
「円」
後ろから声をかけられて振り返ると、従弟が困惑した顔で立っていた。
「直、何?」
「なんか、良くない事が起きるかも」
「ん? 占い?」
尋ねると直純は小さく頷いた。
理論ではなく感覚で突き進む円とは対象に、理論を重視する直純は、円が早々に投げた占いなどにも力を入れている。古きを尋ねて新しきを知る。陰陽寮時代の理論を現代に持ってこようとしている。
「悪かったの?」
「多分……」
「多分、ね」
ただし、まだまだ始めたばかりで知識が浅いことや、昔と今との違いなどで確立されたものではないが。
「当たるも八卦、当たらぬも八卦」
円が歌うように小さく呟いた。
「どちらにしろ、用心しておくに越したことはないでしょう」
そうやっていうと、再びハナミズキを睨んだ。
「私にかかれば、大丈夫だろうけど」
小さく付け足された言葉に、直純は背後で苦笑した。
理論ではなく感覚で突き進む円は、確かに理論を必要としないぐらい力が強い。だからこそ、いつか自分の力を過信しすぎて傷つくのではないか、と密かに直純は一つ年上の従姉を心配していた。口にだしたら、殴られるだろうから言わないけど。
「ハナミズキ、咲いたね」
代わりにそう口にした。
「そうね。母様に見せてあげたい」
ハナミズキを睨んだまま呟いた円が、なんだか泣いているような気がした。肺癌で入院した伯母が、この縁側でハナミズキを見られる可能性は、殆ど、ない。
なんて声をかけるか思案し、直純は円の隣に腰をかけようとして、
はじかれたように、二人同時に東の方角を見た。
「何、今の」
直純が呟く。円は裸足のまま庭に飛び降りると、東の方へ駆け出し、塀に飛び乗った。
「“見え”ないわ、ね」
苦々しく呟くと、塀から飛び降りる。
「何か大きなものが、現れた?」
縁側まで戻ると、直純が呟くように尋ねる。
「そんな感じね」
直純の肩を借り、手のひらで汚れた足の裏を払うと、円は縁側に戻る。
「宗主は?」
「母様のお見舞い。何か問題があったら、すぐに戻ってくるでしょう。直次叔父様は?」
「母屋のどこかにいるはず」
「じゃあ、とりあえず叔父様のとこに行きましょう」
「ん」
「あんたの占い、あたったみたいじゃない」
円は小さく唇をゆがめる。
「外れた方がよかったな」
直純は肩をすくめた。
そうして、二人はハナミズキに背を向けて部屋の中へ入って行った。