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「おはよう、翔君」
待ち合わせ場所である駅前で、大道寺沙耶の姿を見かけると、翔は少しだけ眉をあげた。
「珍しいですね、沙耶さんなんて」
「円姉、別件があるから」
行きましょうか、と歩き出す。
月に数回行われる、巽と一海の合同捜査。大抵の場合、一海の担当は円だが、今日は珍しく沙耶が担当だった。
「翔君、龍一に会った?」
歩きながら沙耶が尋ねる。
「ええ、同じクラスでした」
「あら」
沙耶は少しだけ驚いて隣の少年を見ると、
「仲良くしてあげてね」
無理そうだなー、と思いながらもそう声をかけた。
「それは、向こう次第ですね」
しれっと、翔は答えた。
調律事務所と書かれたドアの前で、龍一は一つ大きく息を吸った。
足手まといかもしれない、それでも、俺は、ここに来たいと、役に立ちたいと、そう思う。
自分の中でそう結論づけると、いつもより少しだけ勢い良くドアをあけた。
「こんにちは」
出来るだけ微笑みながら中に入ると、そこにいたのは円だけだった。
「あら、こんにちは」
ちらり、と入り口のホワイトボートを見る。沙耶の欄には合同調査0415と書かれている。
「沙耶ならさっき出て行ったところよ。待っていれば帰ってくるけど、どうする?」
「待ちます」
いつもならば、そのからかいの言葉に反応するところを即答した。あら、と円が小さく呟いた。
「珍しく素直じゃない。どうかしたの?」
「合同調査、って巽翔とですか?」
「ええ」
円はペンを置き、頬杖をつくと龍一に向いの席に座るように勧めた。
「会ったの? 巽のおぼっちゃまに」
「同じクラスでした。俺はもう、ここには来ない方がいいと言われました。足手まといになる前に」
龍一の言葉に、円は一つため息をついた。
「ほんと、おぼっちゃまはおぼっちゃまなんだから。昔からそういう物の言い方する子だから、気にしなくていいわよ」
龍一は首を横に振った。言われた事だけは、確かに事実だった。
「円さん」
事実だから、こそ、
「なぁに?」
「よかったら、でいいんですけど、沙耶の昔の事とか。そういうの、差し障りのない範囲でいいので話してもらえませんか?」
事実だからこそ、少しでも近づける自分でなければならない。開いた距離も少しでも縮まるように、せめてこれ以上開く事がないように。
それはある種の覚悟の現れで、
「いいわよ」
円はゆっくりと微笑んだ。
「本当に一番最初、沙耶がうちに来た時のことでいいならば」
「お願いします」
「後戻りは、出来ないわよ?」
頭を下げる龍一に悪戯っぽく笑う。
そうして円は祈るように指をくんだ。
「あれは、今から何年前かしら? 私と直純が中学生の時。今よりももう少しあとぐらいの時期、ハナミズキの季節だった」
そうしてゆっくりと話始めた。