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調律師  作者: 小高まあな
第一章 恋も病熱
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2−1−3

「あのね、あのね、こずちゃん、キョウちゃんね!」

「なに?」

 トイレの流し場でこずもは、いつものように浮かれた声をあげる幼なじみを横目で見た。

「榊原くんのこと好きになっちゃった」

 本人としては小声で言っているのであろう、それでも十分に大きな耳元での内緒話に眉をひそめる。声の大きさと、内容に。

「はい?」

「だって、素敵じゃない」

 うっとりと、夢を見るかのように鏡の上のほうを見つめながら、杏子は続ける。とりあえず、杏子が流しっぱなしにしている水を止めた。

「あの、私たちに対してはクールなのに」

「クール?」

「巽くんみたいな仲のいい子の前では」

「仲のいい?」

「素直な自分を見せる感じ!」

「素直?」

 おおよそ、自分のとはかけ離れた榊原龍一像にいちいちつっこみをいれるが、もちろん杏子の耳には届いていない。

「素敵よねー。なんか、今までにいなかったタイプ」

 最後のだけはニュアンスは違うが同意だった。

「杏子……、塚本はいいの?」

 去年まで熱を上げていたクラスメイトの名前をあげると、

「だって、塚本君彼女できちゃったし。それにやっぱり、榊原君の方が断然かっこいいよ」

 はぁ、とわざとらしくため息をつく幼なじみを見て、こずもは同じようにこちらは心からのため息をついた。

 この幼なじみの惚れっぽさは熟知していた。なにせ、いつもその事後処理に駆け回るはめになるのは自分なのだから。

 先ほど話した印象では、榊原龍一は、人をみて態度を使い分ける喰えない人間で、おおよそ幼なじみの恋人にはふさわしいとは思えない。しかし、そんなことをいって杏子があきらめるとは思えないし、それについてはこずもが心配するまでもなく、榊原龍一が杏子と付き合うということはあり得ないだろう。さっき、露骨に嫌がっていたから。

 こずもはあまり龍一のことを好きではなかった。ならば、今回は杏子の暴走を多少放置してもあまり心が痛まない気がする。

 そんな自分勝手ともとれる理論を脳内で繰り広げると、

「まぁ、頑張りなさいよ」

 無責任とも言える軽さで、幼なじみの恋路を応援した。

「うん!」

 そんなこずもの内心の葛藤に気づくわけもなく、杏子は大きく頷いた。ええい、ままよ。


「榊原くーん」

 トイレから戻った途端、榊原龍一のところに嬉しそうに駆けて行く杏子を見ながら、こずもはゆっくりと自席についた。その行動力だけは、たまに見習いたい。ほんと、たまに。

「今日、一緒に帰らない? お家どこ?」

「え、あの」

 ちらり、とこちらを伺ってくる龍一の視線を感じながら、こずもはケータイに視線を落とすふりをした。今回は、何にも口出しをしない。そう決めた。今決めた。

「ええっと、僕はこのあと寄るところがありますんで」

「そうなの? 終わるまで待ってるよ」

「あー、人と会う約束があるっていうか」

 二人の掛け合いを顔を上げないまま聞く。いやならばいやだとはっきり言えばいいのに。杏子に期待を持たせるな。榊原龍一の優柔不断な物言いが、こずもにはどうにも好きになれない。

 そんなこずもと同じように二人の会話を不愉快に思っている人物がいた。

「数学が苦手で、もし得意だったら教えてほしいな」

「いや、僕文系なんで。と、いうかここ文系クラスですし、理系クラスの人に聞いた方が……」

 二人が、主に杏子がごたごたと話合っているうちに、帰りのSHRも終わり、龍一は逃げようと鞄を持って立ち上がり、

「どこに行くって?」

 目の前に不機嫌そうな巽翔が立ちはだかった。

「……。関係ないだろ」

「君はこれ以上、首をつっこまない方がいい。君がけがをするだけならまだしも、事務所の人たちに迷惑をかけることになるだろう?」

 不遜ないい方に唇をかむ。そんなこと、言われなくても分かっていた。

 翔はそんな龍一の様子をみて満足したのか、小さく笑い、

「おとなしく真っすぐ帰った方がいい。なんだったら、彼女と一緒に」

 そういって、ぼけっと二人の会話を聞いていた杏子を一瞬だけ見た。

「僕はこれから、彼女と合同での仕事があるから行くけれども」

 杏子に聞こえない程度に小さい声でそう言うと、何も言い返せない龍一の前を優雅に通りすぎて行く。

『こえー。あんまり気にしない方がいいぞ、龍一』

 頭上でちぃちゃんがフォローの声をかけてくる。

 それでも、それでも、俺は、

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