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調律師  作者: 小高まあな
第一章 恋も病熱
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2−1−1

 春休みは決して長くない。たった二週間だ。

 その二週間で自分ほど何かが変わった人間はいないだろう、と龍一はよくも悪くも自負していた。

 春休み前からの出来事になるが、どういうわけかこっくりさんに憑かれるという常識的にありえない経験をし、それを助けてくれたある祓い屋の女性、大道寺沙耶に恋をし、彼女が働いている事務所でバイトをはじめ、彼女の過去や秘密を知って、そんな彼女を励ますために泊まりで出かけたりした。場所は龍一の祖父母の家、目的は星を見に、だけど。

 そんな中で彼は、幽霊が見えるというまったく一般的でない技能を手に入れた。いや、沙耶の傍にいるためには幽霊ぐらい見えたほうがいいのか? なんて自問自答する日々。

 そして、この学校のOGでもある沙耶の知り合いのこの幽霊“ちぃちゃん”にもすっかり目をつけられた。

 平穏な学校生活は、夢のまた夢らしい。

 ひそかに龍一はため息をついた。

『しかし、あれだな。今年は三組は当たり年だな』

 うろうろしながらちぃちゃんは呟く。

「?」

『龍一だけじゃなくて、あいつも三組にいるんだもんな。こりゃもう、居座るしかないな!』

 ちぃちゃんは朗らかに言い切る。

「あいつ?」

 小さく呟くが、一人で騒いでいる幽霊の耳には届かない。この場で問い詰めるわけにも行かず、とりあえず龍一は三組のドアを開けた。黒板にはってある座席表から自分の出席番号を見つけると席に着く。友人たちは誰も来ていないようなのでやれやれとため息をついた。

『お、きたぞ』

 ちぃちゃんの呟きに一瞬眉をひそめる。

 机を一つ挟んだ斜め前に座っていた男子生徒が、ゆっくりと立ち上がると、龍一の前に立つ。

「君が榊原龍一君だね?」

「? まぁ、一応」

 誰だよお前。のどまででかかった台詞を飲み込むと、

『こいつはあれだよ! 巽翔、沙耶のねーちゃんの同業者だ』

 ご丁寧に頭上でちぃちゃんが解説してくれた。ああ、そういえば同じ学年に寺だか神社だかの息子とかいうなんかむっつりしたやつがいたかもなぁとか思う。

 翔はじっと龍一を見下ろしていたがふん、とひとつ鼻で笑った。

「円さんが大絶賛していたからどんな人間かと思ったが、存外つまらない人間だな」

「巽は面白い人間だな」

 頬杖をついたまま龍一は言葉を返す。今の一瞬で巽翔を敵と彼は認識した。そう、例えば一海直純と同じような嫌なタイプ。

「初対面の人間をつまらないとか評価するなんてそうそうできることじゃないよ」

 苦手なタイプにはさらりと嫌味をいってしまうのが自分のいいところでもあり、悪いところでもあると龍一は思っていた。でも今は正解。攻撃は最大の防御なり。

 思わぬカウンターを喰らって翔はぴくりと眉根を上げる。ちぃちゃんがにやにや笑いながらそれを見ていた。

「まぁなんでもいいが忠告しておく。金輪際あの事務所には出入りするな」

「なんでお前にそんなこと」

「彼女と君はつりあわない」

 さらりと吐き捨てられた。自覚していることだけに、重かった。

「君じゃ彼女の足手まといになるだけだろう? 君は何にも知らないくせに、彼女の隣にたてるとでも思っているのか?」

 優越感に満ちた顔。足手まとい、そんなこと、自分が一番知っている。だけれども、だけど、それでも、

「おれ、は」

 顔をあげて口を開きかけたそのとき

「こずちゃーーーーーん!!」

 ばぁぁんっとドアを開けて、スカートを翻して、立っている翔を突き飛ばして、台風のような子が入ってきた。龍一の2つほど斜めに前に座る女子生徒に抱きつく。

「またおんなじクラスだね! キョウちゃんうれしい!!」

「キョウちゃん?」

 体制を立て直している翔に敵ながらわずかな同情心を向けると、自分の辞書にはない単語に龍一は唇をゆがめた。そんな、高校生にもなって自分を名前で呼ぶなよ。

「杏子」

 “キョウちゃん”を振りほどいて、抱きつかれた女子生徒はため息をつく。

「巽に謝りな」

「え、あ、ごめーん」

「杏子!」

 校則違反の明るすぎる髪の頭をぴょこんとさげて軽く謝る“キョウちゃん”に、抱きつかれたショートカットの女子生徒は一つため息をつくと、翔の方を向いた。

「悪い、巽」

「うん、慣れてる」

 翔は体制を取り直すと、不承不承といったていでうなずいた。

「ん、悪い」

 女子生徒は気まずそうな顔をしてもう一度言った。そして、あっけにとられて状況をみていた龍一の方を向き、

「えっと」

 小さく首を傾げる。

「榊原。榊原龍一」

 それを名前の確認と受け取り、龍一は端的に名乗った。

「ん、榊原、ね。私は海藤こずも。でこっちが」

「西園寺杏子です!」

 こずもに指さされ、何が楽しいのか杏子が片手をあげてそういった。

「巽君、今年もよろしくね」

 そのまま杏子は翔に向き直り笑う。ひきつった笑顔で翔は小さく笑った。ということは、翔は去年もこんなのと同じクラスだったのか、と敵ながら少しだけ龍一は同情した。

 と、思っていたら、杏子は龍一の隣の席についた。

「榊原君、お隣だね、よろしく」

 同情している場合ではなかった。にっこり笑って言われても、龍一はただただ、はやく席替えが行われることを祈るだけだった。

「ねぇ、榊原君ってこのまえこっくりさんに憑かれたって本当!?」

 祈りもむなしく、西園寺杏子はとんでもない爆弾発言をさらりとした。噂になっているのか、周りの視線がちらちらとこちらを伺ってくる。

「杏子!」

 こずもが慌てて杏子の頭をはたく。

「なんでそういう無神経な事言うの! ごめんね、榊原」

「いや」

 翔は腕組みをして龍一を見る。

「えー、キョウちゃん何か悪い事いった?」

 はたかれた頭を抑えながら、不満そうな声を杏子はあげる。

「もし仮に、こっくりさん何かに憑かれたとして、そう簡単にそうですなんて答えると思いますか?」

 とっさに敬語になる。攻撃は防御だ。

「そんなもの、いるんだとしたらだけど」

『いや、いるけどな』

 頭上でちぃちゃんが言った。知っているってば。

 巽翔は巽翔で睨みつけるような顔をしている。だから、いるのは知っているってば。

「ん〜?」

 杏子はなんだか納得のいかなさそうな顔をして首を傾げた。

「榊原君は、幽霊とかいないと思ってるの?」

「いてもいい、と思っている」

 それがこの状況で彼が言える最大限のちぃちゃんに対する配慮だった。

 それをちゃんと感じ取ってくれたのか、

『まぁ、今日のところはそれで勘弁してやろう』

 頭上でちぃちゃんは寛大に頷いた。斜め後ろの翔は相変わらず怖い顔をしていたけれども。

「ふ〜ん」

 杏子は納得しているのかしてないのか、どうでも良さそうに呟いた。

「あんたは、自分で尋ねておいてその態度」

 あきれた、とこずもが小さく呟き、

「こんな子なんだけど、よろしく」

 龍一に向かって言った。正直、あんまりよろしくしたくなかった。

「榊原」

 後ろからかかった冷たい声。振り返る。

「なんだよ」

 眉間のしわをそのままに、巽翔は告げた。

「ともかく、君はこれ以上関わるな」

「だからなんでお前にそんなこと」

 翔は龍一の机の上に手をおくと、小さく、低い声で忠告した。

「今の会話一つ、満足に受け流せないようなやつが、彼女の役に立つとおもうのか?」

 返す言葉がなかった。

 黙った龍一に、勝利の笑みを向けると翔は自分の席へ戻った。

 それでも、俺は、


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