1−6−9
沙耶は新幹線の窓枠に頬杖をついて流れていく景色を見つめていた。
昨日の夜のことを思い出す。結局、子どものように泣き出してしまった自分を、龍一は黙って泣き止むまで待っていてくれた。そのことをありがたいと思うと同時に、恥かしくてしょうがない。
泣きはらした、腫れぼったい自分の顔を今朝、鏡で見たときは、もう一度泣くかと思った。なんて情けないんだろう。
龍一の祖父母にきちんとお礼の挨拶が出来たことが、奇跡に近い。
ことり、
肩に置かれた重みに驚いて、そちらを見る。いつの間に眠ってしまった龍一の頭が肩の上にあった。
すぅすぅと、少し口をあけて寝ている彼の顔を、可愛いと思った。あまりにしっかりしているので忘れていたが彼は自分よりも年下なのだ。
「まったく、たいした高校生もいたものよね」
年相応のあどけない寝顔を見ながら、沙耶はくすりと微笑んだ。
そしてまた、頬杖をついて外を見つめた。
自分の中で、榊原龍一という人間がただの依頼人から変わっていることを意識した。でも、その気持ちには気づかないふりをして、そっと蓋をする。そちらの方がいいのだろう。
ただ、今は……。
流れていく景色が、突然黒一色になる。トンネルに入った新幹線の窓には、困惑気味に微笑む自分の顔が映った。
ただ、今は……、
トンネルをでて、また景色が流れていく。
眠っている龍一の重みを、忘れないようにしようと思った。
東京駅、山手線のホームで龍一は沙耶に鞄を手渡した。
「気をつけて」
「うん。ありがと」
それを受け取る。
「ごめんね、反対方向なのにここまで来てもらっちゃって」
沙耶の視界の端で、龍一が乗るべき電車が出て行く。
「いやいや、寧ろ家まで送っていきたいぐらいだよ」
おどけて笑う。それに沙耶もくすり、と笑った。
電車が来ることを告げるアナウンス。独特の空気の流れと音を伴って電車がホームへ滑り込んだ。
「それじゃぁ、また明日。事務所で」
ドアが開く。
龍一は沙耶の顔を見つめ、真摯な口調で告げた。
「ん」
沙耶が頷く。電車へ乗り込んだ。
アナウンスの後、音を立ててドアが閉まる。
「明日」
もう一度、唇だけでそう告げる。沙耶がもう一度、頷いた。
「待ってるから」
呟いた龍一をホームに残して、電車は駅を離れた。