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調律師  作者: 小高まあな
第六章 本当の空
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1−6−7

「お邪魔します」

「どうぞどうぞ」

 沙耶はゆっくりと、その家に足を踏み入れた。駅から車で橋を渡った先にある、小さな島だというその場所。周りを山と海に囲まれている。

「二階、使っていいって。行こう」

 龍一が手招きするのに、慌てて沙耶はついていく。少し急な階段を上る。ぎし、ぎしと音がする。

 二階にある二部屋のうち、片方は半分物置のようになっていた。ふすまで仕切られているものの、それを開ければ一部屋になる構造。

「沙耶さん、そっちどうぞ」

 ふすまを開けながら、物置になっていない方の部屋を指す。

「え、でも」

「沙耶さん、お客様だから」

 そう言って龍一は笑う。

「……ありがとう」

 沙耶は素直に頷いた。

 荷物を置き、コートを脱ぎながら、ポケットからケータイを取り出した。

「……ここ、圏外なのね」

 そのケータイをじっとみて、呟く。

「え? ああ、そうそう」

 龍一も自分のケータイを取り出した。彼のケータイは一本だけ立っている。

「山だから。庭に出たら通じるんだけど。あ、円さんに連絡? だったら、外に行く?」

 龍一の問いかけに、沙耶はしばらく圏外と表示されたケータイを見つめていたが、

「ううん、いいや」

 ゆっくりと首を横に振った。


 ぽつり、ぽつり、

 外では雨が降り出していた。


「連絡遅れてすみません」

 夕食後、台所にある固定電話で龍一は円に電話していた。

『いいえ。心配してないから』

 電話の向こうの円は、そう言いながらも少し安心したようだった。

『ところで龍一君、心配はしてないけれども』

 そこで言葉を切る。

『手を出しちゃ駄目よ』

 一拍の間を取った後、そう告げた。

「……出しませんよ」

 呆れて龍一は返す。酷く真面目な声色でいうから、何か大事な話かと思って構えた自分が馬鹿みたいだ。

「そんな度胸はありません」

 告げると、

『あら、残念』

 と、然して残念そうに聞こえない言葉が返って来た。

『沙耶は?』

「寝てます。疲れちゃったみたいで」

 龍一は天井を見上げた。二階に居る彼女は、夜ご飯を食べたあとばたん、とベッドの上に倒れこんだ。そのまま、眠っている。

 ベッドがある方の部屋は物置になっている方の部屋なので、そっちは俺の部屋なんだけどなぁ……なんて、龍一は内心で思っていた。

 手を出すつもりなんてないんだから、頼むからすみわけはきちんとして欲しい。

『そう』

 円が呟いた。

『疲れちゃったのね。遠出なんかしたことない子だし、人ごみ嫌いだし』

 龍一は黙った。人ごみが嫌いなのに、無理に連れ出して申し訳ないと少しだけ思った。

『それで、星は見れそうなの?』

 明るい声で円が尋ねてくる。

「いいえ」

 龍一は即答し、電話なのに首を横に振った。

 ざぁざぁ、夕方から降りだした雨は、雨足を強くしていた。

「雨です。明日も、みたいなんですよねぇ」

 はぁ、とため息をつく。何のためにきたのかわかったものじゃない。

『四日に帰ってくるつもりなんでしょ?』

「はい。……学校も始まるんであんまり長居も出来なくって。それまでに星見れなかったら、もう少しいるつもりなんですけどね」

 そう、と電話の向こうの円は呟いた。

 ざぁ、ざぁ。

『なら』

 円はやけに明るい声を出す。電話なのに、彼女がにやりと楽しそうに笑うのが見えた木がした。

『照る照る坊主作ってあげる』

 龍一はそれを聞き、一瞬黙り、次に笑い出した。電話の向こうの円と一緒に仲良く笑う。

「名案ですね」

『でしょ?』

「それじゃ、俺も作ろうかなぁ」

 そしてまた二人で笑う。

『とにかく、沙耶のことお願いします』

 まだくすくす笑いながら円は告げた。

「はい」

『それじゃ……、おやすみ』

「はい、おやすみなさい……」

 がちゃり、受話器を置く。

 ふぅ、とため息をついてざぁざぁと雨が降る外を見た。

 止む気配は、ない。

「龍ちゃん、お風呂どうぞ」

「はーい」

 祖母の声には、明るく返事を返した。


「沙耶さーん」

 二階に戻り、ベッドの上の沙耶をつっつく。

「沙耶さん、お風呂」

「うー」

 彼女は龍一の手を払いのけ、くるりとまるまってしまう。

「いいの? 入らなくて」

「うー」

「返事になってないし」

 呆れて龍一は呟いた。

 ベッドの上で膝を抱えるようにして、まるまっている沙耶。長い黒い髪がベッドの上に広がっている。

「化粧とか、落とさなくていいの?」

「んー」

 ぎゅっと顔を枕に埋めてしまう。

「まぁ、いっか。おやすみなさい」

 やれやれ、とため息をつくと、龍一は布団をかけなおし、その場を後にした。


 ぎぃ、と床がきしむ音が離れていく。それを確認して、沙耶は顔を上に向けた。

「……ごめんなさい」

 優しさが嬉しくて、温かくて、痛くて、自分でも明確に言葉に出来ない感情に涙がとまらない。

 天井を向いたまま、両手で顔を覆った。

「ごめんなさい」

 もう一度、呟いた。

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