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調律師  作者: 小高まあな
第六章 本当の空
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1−6−4

「星を見に行くんでしょ?」

 夕方にそう言いながらやってきた円は、何故か片手に旅行鞄を持っていた。

「あんたは旅行とか行かないから持っていないだろうと思って、貸してあげようとわざわざ持ってきたの。聞いて驚きなさい、この私がわざわざ一海の自室まで取りに行ったのよ。こんなときでもないと帰ってこないって、父様に怒られてまでね、まったく」

 自慢気に言い放つ。

「……あれは、円姉の差し金?」

 思わず呟いた沙耶を、円はあっけらかんと笑い飛ばした。

「まさか。龍一君が言い出したのよ。あの子ね、バイト代を前借して行ったの。チケット代って。しばらくただ働きね」

 ふぅ、とため息にも似た吐息を吐き出しながら呟く。

「そんな、だって」

「それぐらい本気だってことでしょう?」

 言いながら円は、はいっと鞄を沙耶の手に握らせた。

「とりあえず、行ってきなさい。どちらにしろ、今の貴女には休みが必要だし」

「でも」

「心配?」

 沙耶の正面に座り、左手で沙耶の髪の毛を綺麗に整える。そして右手のひらを額にあてる。子どものとき、眠れないとぐずる沙耶に円がよくした仕草。

「彼、告白したんでしょう?」

「……うん」

「気づいていた?」

「……うん。自分の、勘違いだって言い聞かせてたけど」

「そっか」

 円は優しく微笑んだ。

「そっくりよね、賢治君に」

 ぴくり、と沙耶の肩が強張る。それに気づきながらも、円は気づかないフリをする。

「彼も、最初あんな感じじゃなかった? 何度も何度も、沙耶が近づくなって言うのに、彼は近づいてきて。あのころの沙耶、外では平静を装ってたのに、家に帰ってくるとものすごく困惑した顔で私に全部話してくれた」

「………そうだね」

 沙耶は力なく微笑む。

「……あのね」

 そしてゆっくりと囁くように言葉を紡ぐ。

「なぁに?」

 円は優しく微笑む。

「あのね、龍一君、あたしが最初に見せた笑顔に一目ぼれしたって、言ってたの」

「うん」

 たどたどしく言葉を紡ぐ、自分がまるで子どもに戻ったようだ。

「それ、賢と一緒だと思ったの。彼も、あたしが最初に笑ったのに惚れたんだって、よく言ってた」

「うん」

「……だからね、怖いの」

 こつん、と円は手の上から沙耶と額をくっつける。

「繰り返しそうで?」

「そう。だって一緒なんだもん。賢と」

「うん」

「嫌なの、もう。そういうの……」

「別にね、恋愛だって構えなくてもいいと思うの」

 円は目を閉じた。

「貴女のことを全て知って、受け止めて、逃げ出さない人がもう一人いた。それだけでいいんじゃない?」

「でも……、賢だって最初そうだったけど、賢は途中で……、耐えられなくなってた」

「そうね。龍一君もそうかもしれない。でも、」

 円は目を開けた。至近距離から沙耶の瞳を捉える。

「龍一君は違うと、どこかで思ってるでしょ?」

「それは……」

 今度は沙耶が瞳を閉じた。

「龍一君は、あたしの背負っているものを後ろから支えるって言ってくれたの。賢は、隣で背負おうとしてくれてたんだけど。そこが違うなって、でも……」

「信じたいんでしょ?」

「……うん」

 だったら、と円は微笑んだ。

「今回ぐらい、信じてあげなさい。龍一君、何も沙耶のために出かけようなんて思ってないわよ? ただ彼は、自分がそうしたいからそうしているだけなの。……それでも、そのチケットは重い?」

 一拍の間。

「重いよぉ」

 殆ど泣き出しそうな声で沙耶は言った。

「だって、いつかあたし、それすらも忘れちゃうかもしれないのに……」

 よしよし、と円は額を離して沙耶の頭を撫でる。

 その感覚に、沙耶は昨日自分が感じた心地よさを思い出した。大丈夫だから。何度も何度も耳元で囁いてくれていた、彼の声。

「……重い、けど」

 ぎゅっと目を閉じたまま、告げる。

「行って来る」

「うん」

「本当は怖いけど、彼の気持ちも重いけど、でも、今のあたしにはそれが必要なんだと思う」

「うん」

「認めたくないけど、あたし……」

 沙耶は目を開けて、微笑んだ。

「彼のことならもう少し、信じてもいいと思ってる」

「でしょ?」

 円はいつものにやりとした笑みを浮かべた。

「だって、私が認めた男よ?」

 そんな円を沙耶は見つめる。しばらく二人で見つめ合う。そして、あははと二人で笑いだした。

「そうね、円姉のお墨付だもんね」

「そうよ、だから」

 円はゆっくりと笑みを作った。

「いってらっしゃい」


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