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調律師  作者: 小高まあな
第六章 本当の空
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1−6−1

「……おはようございます」

 翌日、そういって龍一がドアを開けたとき、そこにいたのは円だけだった。

「おはよう」

 どこか疲れたような顔で、それでも円は微笑んで迎えた。

「来ると思った。だから、ここで待っていた」

「……説明、してくれるんですね?」

 後ろ手でドアを閉めながら龍一が円を見据える。その視線をゆるり、と受け止めて円は一度頷いた。

「直たちは事後処理で走り回っているから、時間だけならたっぷりあるわ。とりあえず、座って」

 自分の向かいの椅子を指す。そこは、沙耶のデスクだった。

「昨日のアレを、貴方は見えていたのでしょう?」

「はい」

 一瞬円は顔をしかめた。

「じゃぁ、話は簡単ね。アレが、あの龍が沙耶の抱えている爆弾の正体よ。アレは沙耶の体に憑いているの、生まれたときからずっと。あの子の感情の高ぶりに反応して、あの子の意志に関わらず暴れだす、爆弾」

「なんで、そんなものが……?」

「……大道寺グループって知っている?」

 ここ十数年で急成長を遂げた、裏でも表でも活躍しているコングロマリットの名をあげる。

「ある一定の年齢に達した日本人が、知らないわけないと思いますが?」

 皮肉っぽく口元をゆがめてみせる。大道寺。つまりはそういうことなのだろう。

「よね。その大道寺グループのご令嬢なのよ、沙耶は、本当は」

 自分の予感が的中したことに、龍一は一度ため息に似た息を吐いた。なるほど、あまりにも身近すぎて二つの名前が結びつかなかった。

「色々とあくどいこともやっていたみたいでね、あそこは。それで他人から買った恨みがつもりつもって、あの子に憑いてしまった。それが龍というわかりやすい形をとった。それだけのこと。理論としてはわかるでしょう? 恨みつらみっていうのは何か明確な形をもつと、その力を増すのよ。それだけのこと。それだけのことなのにっ!」

 円は一度、手を横に払うようにして机を叩いた。がっしゃん、落ちた灰皿が派手な音を立てた。

「なんであの子があんな目に遭わなきゃいけないのよっ」

 白くなるまで強くこぶしを握り締める。唇をかんで机を睨んでいる円にかける言葉など、龍一は持ち合わせていなかった。

 代わりに彼女が落とした灰皿を拾い上げた。

「……ごめんなさい」

 しばらくの沈黙のあと小さく呟くと、円は顔をあげた。いつもと同じようなどこか不機嫌そうな顔で。ゆっくりと煙草に火をつけて、一息つく。左手で、煙草を持っていた。

「小学生のころに、一度だけ学校であれを暴れさせてしまったことがあるの。というか、あれが最初ね。それまで誰も知らなかったんだから。公には原因不明の爆発事故ってことにしてあるけど、あれで何十人も怪我をして、三人死んだ」

「そんな……」

「沙耶は知らないわ。自分が起こしたあのことがどれだけの被害を出したのか、は。私たちのエゴよ。それで教えていない。多分、どこかで感じているんだろうけど。それで、大道寺側は沙耶を手放すことにした。笑っちゃうわよね、自分達のせいで娘が苦労しているのに、こんな化け物自分達の子じゃない、なんて。……まぁ、殴ってやったけどね。その時は。いい気味だわ。それが、私が中学生のとき。それ以来、沙耶はずっと一海が面倒を見ている。父様に沙耶の面倒を見るように言われて、仕方が無いから私と直で面倒を見ていて……。龍一君、私に聞いたでしょ? 次期宗主がそんなに嫌なのかって、最初に」

 一つ頷く。

 煙草の灰を落とす。

「嫌なのよ。とても。納得できない。自分が宗主の娘であることに、跡取だっていうことに。だって、私は、……沙耶ですら救えない」

 自嘲気味に嗤う。煙が揺れた。

「ごめん、話が横にそれた。大事なところはここからよ。沙耶の龍はあの子の意志では動かない。かろうじて、押し込めることは出来ているけれども、沙耶の龍が一度活性化してしまうと……、例え昨日みたいに具現化して暴れださなくても、あの子の中で少しでも活性化すると、それを押さえ込むのにある代価が必要となるのよ」

 一区切り。

「あの子の、記憶を」

「……記憶?」

「そう」

 一つ頷く。煙を吐き出し、睨む。

「龍は大人しくしている代わりに沙耶の記憶を喰らうの。このままいけば、いつかあの子は君との思い出も忘れるわ。もしかしたら、もう何か忘れているかも。……爆弾を抱えている、いつか忘れるかもしれない、それでも、」

 煙から正面の龍一へ視線を移した。

「龍一君はあのこと付き合っていけるって言える?」

 円の視線を受け止め、すぐに逸らす。机の上に置いてある、沙耶の丸っこい字が書かれた報告書を見つめながら、ぽつぽつと言葉を紡ぎだす。

「怖かった。あの龍を見たときはとても、怖かった」

「うん」

「でも、」

 顔を上げる。

「どこか綺麗だと思ったんです」

「?」

「こんなこと言ったら、怒られるかもしれないけれども、桜が舞い散る中であの龍は、俺には踊っているように見えた。だから……、とても神聖で、綺麗なものに、見えたんです」

 円はしばらく、龍一を見つめ、それからふっと笑った。煙草を灰皿に押し付ける。

「そっか。……君なら、大丈夫ね」

 そういうとメモをとって、ペンを動かし、それを龍一に渡した。

「沙耶の家の住所と、簡単な地図。……行ってあげて、多分、あの子が今一番待っているのは君だから」

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