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「一海円に連絡したんだ」
にこにこと軽薄そうな笑みを浮かべる。何にも変わらない親友の笑みから清澄は目をそらした。
沙耶は頭を抱えたまま動かない。そんな沙耶の右手を握り、背中をさする。
「なら、円さんが来るまで話をしようか」
「聞くと思うのか?」
「聞かざるを得ないと思うけど?」
右手の人差し指にひっかけたドッグタグをくるくると回す。
「沙耶を守って、清澄を守って、一人で勝てると思うわけ? 一海直純」
直純は舌打した。それは事実だ。下手に動いて沙耶を刺激するとまずい。
「納得いただけてよかった」
慇懃無礼に、胸に手を当てて一礼する。もう一度舌打した。
「俺はこの」
そういって傍の桜の木を一度叩く。
「桜の木に封印されている、ぶっちゃけちゃえば悪霊でね。だんだん封印も弱まってきて、こうやって姿をあらわすことが出来るようになったんだけど、やっぱりまだまだ弱くて、この木から離れられない。だから、誰かに封印をといてもらおうと思ってさ」
けらけら笑いながら桜をもう一度叩く。
「大道寺沙耶のことは、この桜のおかげで知ったんだ。この桜が時期を間違えて咲きだした時に来ただろう? なぁ、沙耶」
優しい笑顔を顔に浮かべる。沙耶へ向けた視線をさえぎるように直純が立ち位置を変えた。
「相変わらず嫉妬深いね、直純さん」
嫌味に直純はふん、と鼻で笑った。
「人の心が読めるんだな」
「そう、心というか記憶だね。そこにもぐりこめる。大道寺沙耶のことはこの間のことで全て知ったよ。勿論、彼女が覚えていることだけだけどね」
そこで嗤う。
「忘れてない!」
沙耶が突然叫んだ。
「あたしは、まだ、忘れてない。賢のことは、まだ」
「そうだね」
もう一度優しく、堂本賢治の姿をした者は堂本賢治の笑みを浮かべる。
「沙耶は忘れていなかった。だから、利用させてもらったんだ。堂本賢治の姿を。君を利用すれば、この桜ごと封印をといてくれるだろうと思ったんだ。力もためられそうだしね」
「……最近発見されていた死体は」
低い声で直純が問う。
「うん、俺。大道寺沙耶の職業は知っていたからね。事件を起こせばきてくれるだろうと思って。人間の精気を奪えれば、力も蓄えられるしね。その人間の記憶に侵入して、その人間の最も大切な人間に姿を変え、油断させ、つけこむ。あくどいねぇ、我ながら」
くっくと、おかしそうに嗤う。
「本当ね」
相槌が聞こえた。
「遅いぞ」
安堵の息とともに、直純が呟いた。
「これでも急いだのよ。さて、うちのお姫様にちょっかいをだすなんて、いい度胸してるじゃないの」
一海の次期宗主、影で一海の女王と呼ばれている一海円が、太陽を背に不敵に微笑んだ。
「完璧ヒーローのタイミングだね、円さん」
「お褒めに預かって光栄だわ、偽者さん。趣味の悪い格好しているのね」
ゆっくりと微笑する。
「大道寺さん!」
その後ろにいた龍一が、蹲っている沙耶の方にかけていく。
「なるほど、君が榊原龍一か」
「だとしたら、何?」
「いや、別に」
堂本賢治の姿をした者は肩をすくめた。
「本物の堂本賢治がみたら、なんていうかなぁと思って」
「っ!」
沙耶がびくり、と顔をあげる。
「あ……」
「沙耶」
円はそちらに顔を向けずに告げた。
「聞き流しなさい。所詮、贋作の戯言よ」