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ああ、またこの桜か。
目の前の桜を見つめながら沙耶は思う。
少し前、梅が咲き出すころの話。周りが梅ばかりのこの丘に、ただ一本の桜は、梅が咲くころに焦って咲き出してしまった。本当はまだ、眠っていてもいいのに、周りの梅に置いていかれないようにと、焦って咲きだしてしまった。桜とも梅ともつかぬ、不恰好な花をもう一度休眠させる。それを担当したのは沙耶だった。
似ていると思った、その時の感情を今でも覚えている。その桜は自分に似ていると思った。置いていかれることを嘆く、どうにかして周りと同化したがる、その桜は自分にとても似ていると思った。
桜を見つめながら沙耶は思う。
でも、この桜と違い、何度も花を咲かせることはない。一度散ったら、死んだらそこで終わりだ。
「沙耶」
隣の清澄が少し心配そうにかけてきた言葉に、我にかえる。
「平気」
そう答えると、桜を見上げた。
№100326。桜の怪。櫻の樹の下には屍体が埋まっている。最近、連日この桜の木の下で死体が発見される。
「櫻の樹の下には屍体が埋まっている、か。梶井基次郎ね」
目立つ外傷もない、病死でもない、ただただ変死という言葉が似合うその死体。
ああ、この桜は一体なんなのだろう? どうしてこうも、縁があるのだろう。
そう思い、もう一度だけ桜を見つめた。
「やあ、沙耶、久しぶり」
声は唐突に、後ろからかけられた。
「……っ」
振り返らなくてもそれが誰なのかわかってしまった。耳に馴染む、男性の声。
「堂本……?」
隣で清澄が呟いた。