4−8−4
17時57分着の電車。たくさんの人が降りてくる。
女性はその中から、目的の彼を迷うことなく見つけた。小走りで駆け寄る。
「あの」
女性が声をかける。沙耶の声で。
「なにか?」
彼が不思議そうな顔をした。
その彼の左手に、シンプルなシルバーの指輪が光るのを、残された意識の中で沙耶は見た。
「私、貴方のことが好きです」
「はい?」
彼は変な顔をする。
「すみません、いきなり怪しいですよね。でも、怪しい宗教とかじゃなくて」
女性はぱたぱたと両手を振る。
「以前、具合が悪かった時、貴方に席を譲って頂いたんです。それ以来、電車の中で貴方を見かけて、ふとした仕草とか、読んでいる本の趣味とか、そういうのがいいなって」
彼は困ったような顔をした。
「あ、あの、わかってるんです。ご結婚、なさってますよね?」
言って、女性は彼の指輪を指した。
知っていたのか、と沙耶は思う。
「ええ」
「ただ、どうしても言いたかったんです。言わないと私、次に進めないなって思ったから」
急にお引き止めして、ご迷惑おかけしてすみませんっと女性は一度頭を下げる。
「うん、まあ、どうもありがとう」
彼は困ったような顔をしたまま、それだけ言った。
そして、足早に立ち去る。
それをみて、女性は一つため息をついた。少しだけ、口元がゆるむ。
さっきと同じベンチに腰掛ける。
「もう、いいんですか?」
沙耶が尋ねた。
女性は頷き、
「奥さんがいるの、知ってましたから。一緒のところもみかけたし。それでも、どうしても言いたかった。言わないと苦しかった。とりあえず言えた」
そうして嬉しそうに微笑む。
「次は、もっと見込みのある人に恋しますから」
女性は満足そうに笑ったまま、
「ありがとうございました」
告げて、消えた。