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ため息をつき、ホームに向かって歩き出したところで、
「龍一」
また誰かに声をかけられる。俯いていた顔をあげる。
「清澄」
「久しぶりー」
正面で手を振って笑う、清澄の姿。隣には、初めて見る女性の姿。彼女に向かって一度頭を下げる。
「お知り合い?」
彼女の言葉に、
「うん。知り合いの息子さんで、家庭教師っぽいことしてたんだ。な?」
にやりと共犯者の笑みを浮かべる。慌てて頷く。事務所の人は本当、さらりと嘘をつくなー、と以前も思ったことをまた思う。本当のことを言っても、信じてもらえないけれども。
「へー。高校生? 何年生?」
「あ、三年です」
「あら、受験生だー」
彼女は清澄のエピソードを疑いもしなかったようだ。
「そうだ。尋ねたいことがあって連絡しようと思っていて」
龍一は言う。事務所がなくなって清澄のその後とか、沙耶がどうしてるのかとか。
ただ、どうも彼女の方には事務所関係のことは伏せていたいようだし、今ここで聞いてはいけないな、と判断し、
「また、あとで電話とかしても、平気?」
「ああ、うん」
清澄が頷くと、
「聞きたいことって勉強のこと?」
「あ、はい」
彼女が横から言って来た。慌てて頷く。嘘だけど。
「じゃあ、後とかじゃなくて今すぐの方がいいんじゃないの? 受験、今まっただ中でしょ?」
「あ、でも」
「私なら、駅前の本屋にでもいるから。ねぇ、清?」
「ああ、うん。悪い、祐子」
「ううん。じゃあ、受験頑張ってね」
龍一に軽く片手を振ってみせると、彼女はさっさと改札から出て行く。
その後ろ姿を見送りながら、
「あれが噂の、カノジョさん?」
「そう」
「なんか、想像してたのと違うっていうか、優しそうな人だね」
事務所で怒鳴った、という話を聞いていたのでもっときつめの女性を想像していた。ふわふわと笑う、柔らかい感じの、可愛い系の人だった。
「普段はああいう感じ。俺が事務所やめたし、最近機嫌いいんだ」
とりあえず、珈琲でもおごるよ、と駅ナカのコーヒーショップに移動した。