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調律師  作者: 小高まあな
第六章 恋をしにいく
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4−6−4

「そうそう、それで、貴女に聞きたいんですけど。貴女と榊原は結局どういう関係なんですか?」

「どうって……」

 それは自分が聞きたい、と思った。

「付き合っているというわけでは?」

「それは……、違いますね」

 付き合っているなんて言えない。あんなに傷つけて、まだ謝ってもいないのに、そんな図々しいこと。

「榊原君のこと、好きなの?」

 こずもの隣に腰を下ろし、杏子が尋ねる。

「それは……」

 少し、ためらい、

「……大切だと、思っています」

「答えてないしー」

 精一杯出した言葉は、あっさりと斬り捨てられた。

「好きかどうか聞いているの! 勿論、恋愛感情として」

 まっすぐな杏子の視線から逃れる様に、カップに目を落とす。

「ちなみに、キョウちゃんは榊原君のこと好き!」

 あっさりと杏子が言う。なんてまっすぐな子なんだろう、と思う。素直な子だ。羨ましい。

「あたし、は」

 恋愛感情で榊原龍一のことを好きなのかと聞かれたら、

「好き、です」

 言って、顔をあげる。

 逃げ出したくなるのを抑えて、杏子に視線を合わせる。

「でも、付き合っていない?」

 横からこずもが尋ねてくる。頷く。

「何故?」

「何故って」

 円でさえ詮索してこないことを、ほぼ初対面なのによく聞けるな、と少し感心しつつ、

「色々あって。あたしは、彼を傷つけたから」

 少しだけ、意地悪な気持ちになった。この臆面もせず、尋ねてくるこずもに、必要以上に素直に気持ちを表現する杏子に、少しだけ棘を放ちたい気分になった。

「好きだけじゃ、どうしようもないこともあるんですよ」

 ひと呼吸。ゆっくり微笑み、一言。

「大人には」

 棘に気づいたのか、こずもは眉をひそめ、

「すみません、失礼なことばかり聞いて」

 とりあえず、頭を下げた。

「んー、どっちでもいいけど。ってか難しいことよくわかんないけど」

 杏子は小首を傾げた。

「あなたがそうやってぐずぐずしてるなら、キョウちゃんはこのケーキを榊原くんの誕生日兼バレンタインプレゼントしてあげちゃうんだからね! あとで泣いても知らないんだからっ」

 そのまま手に持ったままだったレシピをずいずぃっと沙耶に向かって広げる。

「杏子」

 嗜めるようにこずもが名前を呼ぶ。

「だって、意味わかんないんだもん。好き以外に何が必要なの? 好きだけじゃだめなの?」

「あのね、杏子」

「それってただ、逃げているだけじゃない? 他のことに理由を見つけて感情を見なかったふりにして、そういうのずるいと思う。それに、榊原君が可哀想」

 杏子は挑む様に沙耶を見つめ、

「榊原君を傷つけるのは、誰だって許さないんだから」

 いつもよりきつい口調で言い切った。

 沙耶は黙って、そのまっすぐな視線を受け止める。

「好きって言われて、困ることなんてないもん。榊原君のこと気遣うフリして逃げているだけじゃん」

「杏子」

 まだ何か言いたそうな杏子をこずもが遮り、

「ごめんなさい、この子が」

 こずもの言葉に、杏子はむっとした顔をして

「キョウちゃん何も間違ったこと言ってないでしょ?」

「うん、わかったから」

 席を立たせる。

「すみません、お時間を取らせて。こちらだけ言いたいこと言って。すみませんでした」

 そのまま立ち去ろうとするその背中を、

「まって」

 呼び止める。

「ありがとう」

 怪訝そうな顔をした二人にゆっくりと微笑む。

「迷っていたけど、おかげで答えがでたわ」

 確かに、逃げているだけなのかもしれない。叶わぬ想いだと、認めることから。

 ゆっくりと立ち上がり、珈琲を片付ける。

 二人の正面に立つと

「だから、ありがとう」

 もう一度、出来るだけ綺麗に見える角度を計算して微笑む。そういう顔は得意だ。

「もう、迷わないから」

 言うと、二人の返事を待たずに歩き出した。

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