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調律師  作者: 小高まあな
第六章 恋をしにいく
139/157

4−6−3

 ぱたり、と海藤こずもと名乗った少女はケータイを閉じた。

「お連れさん、大丈夫なんですか?」

「ええ、真剣に本選んでたし。終わったらここに来るようにメールしましたから」

 すました顔で彼女は珈琲を飲む。

 ショッピングセンターの一階に入っているコーヒーショップ。向かい合って座りながら、沙耶は小首を傾げる。

「それで、お話というのは?」

「特にどうというのはないんですけど。榊原の想い人がどんな人なのか気になって」

 こずもが少し口元を緩めた。

「そういえば、お体、平気なんですか?」

「え?」

「ああ、ごめんなさい。巽に聞いて。あ、巽っていうのは、わたしと榊原のクラスメイトで、榊原と仲良くって」

「……翔くんに?」

「あ、知ってるんだ」

 よくわからない人間関係ですね、と揶揄するようにこずもが言う。

 特に何かした記憶はないけれども、どうも敵対心を持たれているらしい。忘れているだけで何かしただろうか? と沙耶は内心首を傾げる。けれども、仕事絡みでもなく、龍一の知り合いの高校生相手にそんな悪い対応を自分がとるとは思えなかった。見知らぬ人への外面だけはそれなりにいいのだし。

「翔くん、何を?」

「よくわからないけど、あなたが治る見込みのない病気で? 榊原が自分はなんの役にも立たないって落ち込んでるって」

 多分、龍のことを言っているのだろうな、とぼんやりと思った。

「勝手に詮索するような真似してごめんなさい。ただ、榊原が落ち込んでてうざかったので」

 おかげで杏子まで調子悪くなるし、と彼女がぼやく。意味はよくわからなかったけれども、そもそも龍一と仲が良くないのかな、と思った。

「まあ、だから榊原、医学部にしたんでしょう?」

「え……?」

 思いがけない言葉に、口元まで持っていたカップを落としそうになる。慌てて支える。

「……あれ、知らなかったんですか?」

 小さく頷く。

「ああ、じゃあ榊原は生意気にも隠してたのか。まあ、いいか」

 こずもは納得したように頷き、

「らしいですよ。貴女の役に立ちたいって」

「だって、龍一君、確か文系じゃ……?」

「ええ、だから突然理転して担任が慌ててました」

 言葉にならない。なんで、そんなことで自分の進路を決めてしまうのだろう。

 確かに、医者でもある啓之や円達と、医学的な方面から龍についてアプローチ出来れば良いのに、という話はしたことがある。だから、それが役に立つ可能性は十分にある。けれども、何にもならない可能性もある。

 それに、また、忘れてしまうのかもしれないのに。

 口元に手をあてたまま、考え込む沙耶を、こずもは少し困ったような顔をして見つめ、口を開きかけ、

「こずちゃんこずちゃんこずちゃんっ!」

 ばたばたと足音がして、瞬間こずもはうんざりとしたような顔をして振り返った。

「ちょ、どうこれ! このケーキ! これよくない!?」

「いや、よさそうだど……」

 広げた本にのっていたレシピには大きなチョコレートケーキ。二種類のスポンジを重ねて作るらしい。

「あんた、こんなの作れるの?」

「わかんないけど! こずちゃん手伝ってくれるよね」

「……うん、もうそういうことでいいや」

 うんざりしたようにため息一つ。

「あ!」

 杏子はそこではじめて沙耶に気づいたかのように指をさし、

「JILLのワンピの人!」

「杏子っ!」

「あ、でも今日普通だ。やっぱり、あの遊園地はデートだったんだ? あ、でも鞄がmiumiuだ! いいなー、かっわいー!」

「あ、あの?」

 怒濤の展開についていけない。

「杏子、あんたちょっと黙りなさい」

 こずもが一喝し、

「ごめんなさい」

「ええっと? お連れさん?」

「ええ」

 沙耶の質問にこずもは一度頷き、

「どういうわけだか榊原に懸想しているバカな幼なじみです」

「バカじゃないもん!」

 間髪入れず杏子がつっこむ。

「龍一君に……、そう」

 こんな、同い年の普通の女の子に好かれているのに、どうしてあたしなんだろう?

「む、ところでこずちゃん、懸想って何?」

 小声で杏子はいい、こずもに冷たく睨まれた。

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