4−5−6
その後、宗主と母が極めて事務的な会話を終え、沙耶と母が直接喋ることはなかった。
帰宅する母を、一応玄関で見送る。
「それじゃあ」
母が靴を履いて、頭を下げる。
「二度と、お会いすることはないんでしょうね」
沙耶が呟くと、彼女はまた、ごめんなさいね、と言った。
小さく息を吐く。
「お母さん」
十数年ぶりに口に出した言葉に、母がはじかれたように顔を上げる。出来るだけ冷たく見えるように気をつけながら、
「産んでくれて、ありがとうございました」
それだけ言うと、頭を下げた。
小さく、息を飲む音がした。
「もう二度と、会う事はないだろうけど、それだけは言っておきたくて」
床を見たまま早口で言い切る。
「育ててあげられなくて、ごめんなさいね」
最後の瞬間まで母は謝り、そして扉が閉まる。
沙耶は、その瞬間まで顔をあげなかった。
ぴしゃり、
ドアのしまる音がして、十秒後、
「なんなのよ」
つぶやきながらしゃがみ込んだ。
突き放す覚悟を決めていた。救いなど必要なかった。
泣きそうになる。
「あたし、愛されていたんだ」
例え、ひとときであっても、産まれた時は喜ばれていたのだ。
覚えていない事を、残念に思えた。覚えてさえいれば、何か一つでも幸せなことが思い出せれば、もっと、上手く生きていけたかもしれなかった。普通に生きていけたかもしれなかった。
「それならそうと、はやく言ってよ」
誰にともなくつぶやき、しばらくその場所にしゃがみ続けた。