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調律師  作者: 小高まあな
第五章 両親もどき
134/157

4−5−5

 一声かけて、ゆっくりと襖をあける。

 正座していた中年女性が弾かれた様に顔をあげた。

「お久しぶりです」

 声をかける。冷たい声だと、我ながら思った。

「……ごめんなさい」

 母は小さい声でそう言った。

 正面には座らない。少し離れた、襖に近い場所に座りながら、

「お葬式、あたしは出ない方がいいですよね?」

 久しぶりに言う言葉がそれか、と自分でも笑えた。

「……ごめんなさいね」

「大道寺はどなたが継ぐんですか?」

「副社長の、息子さんが」

「ああ、養子にする、とおっしゃっていましたものね」

 ごめんなさいね、と母が言う。

 この人はこんなに小さかったろうか、と思う。背が高い方ではなかったが、もっと大きくて、包容力のある人だと思っていた。

 ごめんなさい、と母はまた言う。

「一つだけ、聞いてもいいですか?」

 母が首を傾げる。

「あの人は、あたしのこと、やっぱり嫌いだったんですか? その、龍の事がわかる、ずっとずっと前から」

 それはずっと思っていたことだった。そして、出来るならいつか確認したいことだった。

「そんなこと!」

「やっぱり息子の方がよかった?」

「なんで、そんなこと」

 母が唇を震わせる。

「じゃなかったら、3月8日生まれだから沙耶、なんて安直な名前、つけませんよね?」

 産まれた瞬間から、投げられていた。諦められていた。ずっと思っていた。それならそれで構わない。それならそれで、この人たちを本当に切り離せる。

 切り離して、新しく前に進める。すがらないですむ。

「違うっ! あの人は、誕生日を覚えてもらえるように、と」

 片手を畳につき、母は沙耶の方に身を乗り出す。

「あの人は、自分が三月の末の生まれで、あまり友人に誕生日を祝ってもらえなかったから。春休みに入って忘れられることが多かったからって。だから、自分の子どもの名前は、誕生日に絡んだ名前にしようって」

「え?」

「だから、3月8日生まれで沙耶って。わたしは、語呂合わせみたいだって言ったけれども、あの人は誰にでも誕生日を祝ってもらえることが、名前を呼ぶたびに生まれて来たことを祝福される方が、この子にとって幸せだって言って!」

 言葉が出ない。

 生まれたときから諦められていたから、適当につけられたんじゃないの?

「だから! 確かに、確かにわたしたちはあなたに酷いことをした。だけど、そんなことだけは言わないで。あの人は、あなたが生まれた時、それはそれは喜んだのよ?」

 本当だろうか。何も、覚えていないけれども。幼い時のことだから、当たり前だとしても。

 身を乗り出し、早口でしゃべっていた母は、何かに気づいたかのようにはっと身を引いた。

「ごめんなさい。喋り過ぎました」

 そしてまた、母は小さく縮こまる。

 今の話は本当なのだろうか?


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