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父親が死んだ。
一海の宗主にそう告げられても、沙耶には実感が湧かなかった。そもそも、その人物を父親だと認識したことが、あまりなかった。
十数年前のあの日、自分のことを化け物だと罵った、その時、自分の中で一度何かが壊れた。それまでは、忙しくてあまりかまってくれなかった父親のことを、それでも尊敬していた。好きだった。
でも、そんな感情今はない。
楽しかった思い出も、よかった思い出も、何も残っていなかった。本当は息子が良かったのだろう、と子供心に思った事も一度や二度じゃなかった。
もしかしたら、楽しかった思い出も、良かった思い出も、優しくしてもらった思い出も、全部自分が忘れてしまっただけかもしれない。でも、それでもいいと思えた。それぐらいの気持ちしかなかった。
「そうですか」
自分でも冷淡だと思えるほど、あっさりとそう言った。
「母親が、会いにきているが……」
どうする? と宗主が目で訴えかけてくる。
後ろを振り返る。心配そうな顔でこちらを見てくる姉と兄がいた。
もう一度宗主を見る。
「会います」
例え何を言われても、今ならば自分の居場所がここにあることを知っているから平気だった。普通に生きて行くためにも、逃げるわけにはいかなかった。