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調律師  作者: 小高まあな
第五章 両親もどき
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4−5−2

「沙耶、私ねー」

「ん?」

 思考が中断される。

「ふられたのー」

「またぁ!?」

 思いがけない言葉に、思わず大きな声がでた。給湯室を離れて、円が座っている方に顔を出す。ふられたって何回目だ。

「価値観が合わないって。ばかみたいよねー。価値観とか考え方とか合うわけないのに」

 あっけらかんと言われた言葉に、小さく眉をひそめる。考えていること、ばれてた?

「合わないことばっかりよ。私はさ、小さい頃から幽霊とかがいる生活は当たり前だったわけ」

「うん」

 それを生業にしている家の跡取りなのだ。当たり前に決まっている。

「だから、わからないの。幽霊を怖いと思う人の気持ちも、突然幽霊が見えるようになった人の気持ちも。想像はできるけれども、それは理解ではない。だからね、沙耶が最初にうちにきたときもどうしようかと思ったのよ」

「……うん」

「でも、いまこうして普通に話しているじゃない?」

 沙耶の方に視線を向けて、優しく微笑む。姉としての笑みを向ける。

「だから、価値観とか合わないのが当たり前で、大事なのはそれを知った上で自分がどうしたいか、だと思うわけ。価値観や考え方や、住む世界が違っていても、それでも一緒にいたいと思ったのならば、そんなものたいした問題じゃない、というか後天的にどうにか出来ることじゃない?」

 でしょう? と首を傾げられる。

 握ったままにしていた紅茶の丸い缶を両手で包み込む様にして持ち、なんとなくそれを見つめる。

「……この前、直兄に怒られたでしょ?」

「うん」

「あれ、驚いたの。あたし、直兄に怒られた記憶とか……なくて」

「そうねー、私も初めてみたー」

 いつも怒るのは私だったものね、と円が呟く。

「あれで、反省したの」

「反省?」

「あたし、甘えていたなって。円姉にも直兄にも賢にも清澄にも、龍一君にも。あたしは化け物だってずっと思ってたし、だからあたしに関わらない方がいいって思ってたし、だけどそれって甘えなんだなって。自分で変わろうとしないで、化け物だからしょうがないって見限っていた。あたし自身を」

 賢治にも言われたし、という言葉は飲み込んだ。それは自分への大切な言葉だから、例え円相手であっても言わない。

 それから、円と直純の会話を聞いてしまったことも内緒だ。言えば絶対に、この実はとっても心優しい姉は気に病む。

「甘えていた。仕方ないって最初から望まなければ、何も手に入らなくても悔いることはないから。うらやむこともないから」

 ゼロはどんなに何かをかけてもゼロだ。

「学校も小学校はまだしも、中高ってイマイチ居心地が悪かったのは、あたし自身のせいなのかなって。だって、円姉も直兄も、普通に学校通ってたでしょう?」

「まあ、そうねー」

「条件は一緒なのに、って思ったの。あたしに、龍のこと、があるにしても。円姉達は普通に、見えるのに学校に行っていたのに。あれは、あたしが勝手に見えるからって、化け物だからって、卑屈になって他人を寄せ付けないようにしてただけじゃないかって」

「……そうね。あのころのあんたは、今よりももっと、とっつきにくい子だったね」

 懐かしむみたいに円が目を細める。

「それで、あたし、龍が憑いていて化け物かもしれないけど。それでも、あたしは……」

 顔をあげ、円と視線を合わせる。

「あたしはやっぱり、いま、龍一君のことを大切にしたい、と思っている。あんなこと言ってしまって、散々傷つけて、もう、叶わないかもしれないけれども、それでも」

 沙耶の言葉に、円は少しだけ目を見開き、

「それじゃあ、沙耶……」

 言いかけた円に首を横にふって見せる。言葉を遮る。

「でもね。やっぱり何か足りない……」

 小さく息を吐く。

 あれから色々考えて、考えて、龍一のことが大切だというのは再確認したし、あの時彼が眉をひそめたの“一人で”生きていけると言った自分の言葉にだったらいいな、とは思っている。

 そこまで思っていても、それでも、

「まだ、想いを彼に告げることはできない」

 どんなに自分で自分のことを普通だと思っても、化け物のことに変わりはない。いつか彼を傷つけることに変わりはない。これ以上、さらに。そこまでするほど、この想いに価値があるとは思えない。

「普通に生きていこうとは思うけれども、普通って何かがわからない」

 結局、あたしは変われていない。

 ごめんなさい、と誰にともなく小さく謝った。

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