表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
調律師  作者: 小高まあな
第五章 両親もどき
130/157

4−5−1

「はよ」

 沙耶が事務所のドアを開けると、円が軽く片手をあげて言った。その手には煙草が握られていて、

「……室内禁煙」

「いいでしょう? もう」

 床に座ったまま円は微笑む。

 机も何もかもなくなった事務所。

「……がらんと、してるね」

「そうねー。悪いわねー、紅茶の缶とか沙耶自身に片付けてもらった方がいいと思って」

「ううん」

 首を横に振る。

「最後に、見ておきたかったから」

 賢治のことがあってから数日、あっという間に事務所の明渡しの日がやってきた。今、事務所に残っているのは、沙耶の私物である紅茶用品だけだ。

「……円姉」

「んー」

 かちゃかちゃと紅茶の缶を箱にしまいながら声をかける。

「ごめんなさい」

「何が? あんたに謝られるようなこと、結構あるんだけど?」

 おどけたような言葉に、

「事務所のこと。せっかく、ここまでやってきたのに、あたしのせいで終わりになって……」

「ああ。まあ、あれは私達も悪いし、本当に元々試験的な機関だったし、丁度いいのよ。いずれ、一海に戻らなきゃいけないことは確定していたし。清澄もいつまでもここにおいておくわけにはいかなかったし」

「……清は、会計の事務所だっけ? 新しい職場」

「そう、直の友人のねー。いい人よ、あの人。直の昔からの友人で、こっちの世界にそれなりに理解もあって、でも適度に距離を保っていて」

 だから、清澄のことは心配いらないんじゃない? と明るい声で言われる。気に病んでいたのは、気づかれていた。

 振り回してしまった。本当はこっちの世界にくるはずもない普通の人間を、こんな変な仕事をさせてしまって、まきこんで、挙げ句こちらの都合で放り出して。でも、それでも今後、普通の世界でうまくやってくれるのならば、少しは安心出来る。

 振り回してしまったのは清澄だけじゃない。榊原龍一。彼も、十分に振り回している。賢治のことがあってから、連絡をとっていないけれども、彼もさぞかし迷惑していることだろう。

 最後にあったときの、一瞬歪められた顔を思い出す。沙耶自身は前向きに言ったつもりの言葉に、彼は痛そうな顔をした。

 あの顔の意味は、あれから考えて考えて、もしかしたらという答えを自分ではだした。でも、それは、そうであったらいいという自分の願望以外の何者でもない答えだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ