4−4−6
「こんにちは」
出来るだけいつもと同じように、龍一は事務所のドアをあけた。
それでも、ダンボールだらけの事務所内の様子に一瞬、足が止まる。
そうだった。昨日は色々あって忘れていたけれども、この事務所はなくなるんだった。思い出した事実に少しだけ唇を噛む。
「龍一君」
円が立ち上がり、微笑む。
「ごめんなさいね」
「いいえ。沙耶は?」
「仮眠室の方。なんか、龍一君が来たらはいってくるようにって言われたんだけど」
奥のドアを見る。
「そうですか」
「大丈夫?」
「はい」
円の顔を見て頷く。それから、少し伺う様にしてこちらを見ていた直純と清澄にも。
「俺は、平気です。沙耶がどうだかは、わからないけど」
「うーん、なんだか朝から妙に悟り切ったみたいな感じで逆に気味が悪いのよね。謝罪されたし、朝一で」
なに考えてんのか、あの子は、と小さく呟く。
「なにかあったら、呼んでね」
「はい」
頷き、ゆっくりと仮眠室の扉を開けた。
ノックの後、開いた扉。沙耶はそちらに微笑みかける。
「ごめんなさいね、龍一君」
「いいえ」
立ち上がり彼を迎えると、向かいの椅子を勧める。
「本当に、昨日はごめんなさい。あたし、多分酷いことした」
「それは……、俺の方こそ。酷いこと言って」
自分が吐いた暴言を思い出し、呟くと
「ううん」
沙耶は微笑を浮かべたまま、首を横に振った。
「あたしが悪いの。賢のこともわかっていたのに、なにもせずにいたから、結果的に龍一君も傷つけてしまったし」
本当にごめんなさい、と真顔に戻り頭を下げる。
「あ、いえ、別に……」
思ったよりも晴れやかな態度に少し違和感を覚えながらも、龍一は言う。
「昨日、聞いたの。龍一君達が帰った後に、円姉が直兄と電話しているの」
「はあ」
「連れて行って欲しかったはきつい、って。そうだな、って後から思った」
目を伏せる。
「あたしには、みんながいるのに勝手に悲観して、直兄が言うとおり皆に失礼だなって思ったの」
ごめんなさい、ともう一度。
「うん、確かに失礼だとは、思う」
龍一が小さく言うと
「そうよね、ごめんなさい。……賢にも、悪いことをしたし」
一瞬、ぴくりと龍一の眉が動く。沙耶はそれには気がつかない。
「連れて行ってなんて。死にたがるなんて。申し訳ない」
「……そうだね」
「大丈夫、もう死にたがったりしない」
龍一の顔を真っすぐ見る。
「ちゃんと、普通に生きる努力をする。普通がなんだかは、わからないけれども」
それが自分に出来る、精一杯の賢治に対する供養だと思った。彼は、それを望んでいるのだ。
必要以上に晴れやかな顔をして沙耶は続けた。
「大丈夫、あたしは一人でも生きていけるから。ちゃんと一人で生きていける」
ゆっくりと微笑むと、目の前の彼は何故か一度眉をひそめた。その意味が沙耶にはわからなかった。